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花は桜、愛でるべし〜女学生が初恋とお役目を全うするまで〜  作者: 倉桐ぱきぽ
2章 力と才能

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*酒と本音


 座卓(テーブル)には、宗右真が買って来た折り詰めと、木寅が持って来た一升瓶が、所狭しと並んでいた。

 そこそこ酒も入ったところで、「お前さー、」と、木寅が話を切り出した。


「最近、サクちゃんにきつくない?」


 宗右真は、すぐには答えず、湯のみの酒をあおる。一気に飲干せば、先ほどの、左久夜の顔が脳裏をよぎる。への字に曲がった唇。あれは、泣くのを必死に我慢している時の顔だ。

 あのあと、一人で泣いたんじゃないか。今さらながら、心配になる。かと言って、後を追ったところで、またケンカになるのは目に見えていた。


「もうちょいさー、優しくしようよー」


 木寅はそう言いながら、宗右真の湯のみに新たに酒をついだ。

 突然、うちに来ると言い出したのは、これを言うためだったに違いない。宗右真は察した。


「あいつは、へっぽこだから、仕方ねぇだろ」

「だからって、サクちゃんも、まだ当主を継いだばっかりなんだし。ナギさんのことがあって、入院もしてたわけだしさー」


 宗右真は湯のみを置いて、「だったら、」と、木寅を見る。


「お前は、あいつが今のまま、この先、ナギさんの敵を討って、左希斗(サキト)に当主を譲るまで、大した怪我もなく平穏無事、お役目をこなせると思ってんのか?」


 そう尋ねると、木寅はポリポリと頭をかいた。


「そりゃあ……まぁ、無理だな」

「ほらみろ。サクがナギさんの敵を討つには、実力も経験も見合ってねぇ。そのくせ、あいつは無理をするなと言っても、無理をする。だったら、多少は厳しくしておいた方が、あいつのためだ。だから、お前もあんまり甘やかすな」

「けど、厳しすぎるのも駄目じゃん。ほら、あれだよ。(アメ)(ムチ)。飴があるから、鞭だって効くんだろ?」

「適度にあんこ、食わしときゃいいんだろ」

「ひっでぇな、お前」


 木寅は、そう言うけれど。

 左久夜が喜びそうなものといえば、それくらいしか、宗右真は知らなかった。たい焼き、大福、ようかん、あんぱん……とにかく、あんこが入ったもの。そして、甘い玉子焼き。


「お前さぁ……」


 木寅が、大げさにため息をついた。


「何だよ?」

「子供の頃は、めっちゃくちゃ、サクちゃんに甘かったじゃん。お前が玉子焼きだけ、料理できんのも、サクちゃんにせがまれて、作ってたからだろ。マジで、甘かったよ。あんこの上に糖蜜(トウミツ)、ぶっかけましたーってくらい、胸ヤケ、でろでろに甘やかしてたじゃん」

「あのなぁ。あいつが、ただの女学生なら、一生、甘やかしてやったんだよ。あんこの上に、糖蜜も汁粉(シルコ)善哉(ゼンザイ)も、まとめて全部ぶっかけてやる。けどな、あいつは自分で当主になることを選んで……」


 そこで宗右真は、木寅が自分の顔を見て、ニタニタしていることに気づいた。


「何だ、クソトラ」

一生(・・)ねぇ……素直じゃないよなー」


 木寅が何やらつぶやいた声は、宗右真にも聞こえたが、はっきりとは聞き取れなかった。


「何だって?」

「いや、別に〜」


 木寅はにやついたまま、酒をあおる。ぐいっと飲み干し、次にこちらを見た時に、その笑みはふっと消えた。


「まぁな〜、俺だって、お前の言いたいことが、分からない訳じゃない。土蜘蛛は最上位に分類される魔物だからな」

「だろ?」

「……でも、正直な話、サクちゃんが敵討ちとかは、俺も意外だったけどさ」


 それは、宗右真も思っていた。


 左希斗の話では、十三家の当主会が紛糾し、桜の当主が決定しない中、軍の幹部が催促に来たらしい。その際、ある幹部が左久夜を当主にしろと、カホルに詰め寄ったそうだ。療養中の左久夜に対しても『能なしでも、鬼姫の器くらいには役に立つだろう』と、暴言を吐いたのだとか。


 そして、その最後には、『父親の敵を、とりたくはないのか?』と、左久夜に尋ねたらしい。父を亡くし、傷ついている娘に向かって。


 これでは、誘導尋問だ。

 現に、左久夜が当主になると言い出したのは、この直後のことだと言う。

 父親の殉職、当主には若すぎる弟、軍の幹部による圧力。

 色んな問題が積み重なって、左久夜は当主になることを選ばざるを得なかったのではないか……。


 そんなことを考えていた宗右真は、


「なぁ、ソーマ」


 その声に顔を上げる。


「そろそろ鬼姫の使い方、ちゃんと教えてやりなよ。サクちゃんさー、強くなりたいんだって」


 言われなくとも、考えていた。ただ、それだって、簡単なことではない。もう少し、左久夜が任務に慣れて、余裕ができてからにしたかった。

 宗右真は何も言わず、折り詰めから、きゃらぶきを小皿に取る。


「おい、こら、ソーマ」

「何だ?」


 提案を無視したことに対する文句かと思ったら、木寅は折り詰めのきゃらぶきを指差した。


「シイタケ、よけんなよ」

「よけてねぇ。つかめなかっただけだ」

「どんな言い訳だ。子供ん時から嫌いなクセに。ほら、見ろ。お前がフキばっか、食うから、シイタケがあり余ってんだろー。ガキか、お前」

「嫌いなものは、嫌いなんだから仕方ねぇだろ。成人したからって、突如、嫌いなもんが、」


 宗右真は話を止めると、力一杯、テーブルをたたいた。


「だから、何なんだ。このクソトラ! さっきからニヤニヤニヤニヤ、気持ち悪りぃ!」

「いやぁ。おんなじこと言ってるから、面白くってさー」

「は?」

「サクちゃんも、この間、うちで栄語の宿題やってる時、おんなじこと、叫んでたんだよな。『苦手なものは、苦手なんだから仕方ないじゃない』って。誰かさんの影響じゃないのか?」

「……知るか」

「ハイハイ」


 木寅はにんまりと笑って、


「それより、これ。いいのが手に入ったんだよ」


 次の瓶を開ける。聞いたこともない酒蔵のものだ。何にせよ、彼が見つけて来る酒は、どれにしても美味かった。

 なみなみとつがれた湯のみを見つめ、宗右真は声をかける。


「……なぁ、トラ」

「ん?」

「サクのやつ、子供の頃は、もう少し、可愛かったと思わないか?」

「それ、本人に言っちゃ、ダメなやつだからなぁー?」


 木寅は、ケラケラと笑った。


「子供の頃は可愛かったーなんて、言った日にゃ、即日、無視。もう、口も、聞いてもらえなくなるぞ?」

「意味、分かんねぇ」

「だったら、今は可愛くないのかってことに、なっちゃうだろ?」

「誰もそんなこと、言ってねぇだろ」


 宗右真は言って、酒を飲む。口当たりがよかった。スッキリとした味わいに、最後、微かな苦味が広がる。これは、かなりうまい。すいすいと入っていく。


「それはそうなんだけどな。あー、でも、お前の場合、あれか。士官学校卒業してから四年? 五年だっけ? ずっと、地方にいたもんな。サクちゃんも、子供の時の印象しかないかー」

「子供の頃の方が、可愛かった」

「だーかーら、サクちゃんには言うなよ? お前、酔ってるだろ」

「だいたい、すけこましだの、色魔(シキマ)だの、どこで覚えてくるんだ、あいつ」

「最近の女学生を侮っちゃ、ダメだって。あの子らの情報網は、すごいんだぞ? って言うかさー」


 木寅はそこで一旦、言葉を止めて、ププッと吹き出した。


「何、お前。サクちゃんに色魔とか、なじられてんの? あー、それーで、地味ぃーに、傷ついてるってわけだ」

「うるせぇ」


 声を低くして、にらみつけても、どこ吹く風。木寅はひょうひょうと笑う。


「サクちゃんも、成長したんだよ。そりゃ、いつまでも子供扱いされたら怒るだろ」

「未成年は、子供だろ」

「それってさー、お前の願望なわけ? 女の子は、男よりよっぽど大人だぞ? 十五になったら、憲法上は、結婚だってできちゃうんだからな」

「……」

「で。お前さー、ぶっちゃけ、サクちゃんのこと、どう思ってんの?」

「どう?」


 宗右真は、しばし、左久夜のことを考えた。


「サクは大事だ。世界で一番、左久夜が大事だ」


 自分で言って、自分でうなずく。

 

「俺にとって、サクは何より優先される人間で、あいつにだけは、ぼろぼろになるまで利用されて、捨てられてもいい」

「お前、それってさー、」


 木寅が何かを言う前に、遮る。


「当たり前だろ。サクは()だからな」 


 宗右真はうそぶく。

 だから、守ってやらないと。左々凪(サザナギ)の代わりに。

 それが自分の責任で……償いだ。

 声には出さず、宗右真は酒を一気にあおった。

 

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