へっぽこの八つ当たり
軍部に戻って来た左久夜は、部屋で宗右真を待っていた。報告書を渡して帰るはずが、宗右真は一向に現れない。
ぼぅっとしているうちに、左久夜は先ほどの木寅の戦いぶりを思い出していた。
討伐対象の小鬼は、この伊澄では、よく見かける魔物だ。人を襲うことは滅多にないものの、今回は、数十にも及ぶ群れで発見されたため、討伐対象となった。
作戦通り、小鬼の群れは、木寅とその部隊によって討伐された。
木寅は、一度にいくつもの式神を使う。
八匹の柴犬に似た式神が、小鬼を追い込んで、殲滅させていく。それはまるで、バッタバッタと悪者を切り伏せる、剣劇を見ているようだった。
「……式神かぁ」
木寅の式神は攻撃に特化したものだが、それ以外にも防御、伝令、偵察と用途は色々とある。一度、作り出しておけば、攻撃術のように一々、呪文を唱えなくてもいいのが利点。
左久夜は、試しに式神を作る。
呪文を唱えた直後、足元に小さな柴犬が現われた。が、すぐにその姿は揺らぎ、消えてしまった。
「当然だよね」
術師としての能力が低いことは、自分でも分かっている。習得している術も、数種類。片手で足りる。力不足は否めない。
せめて、もう少し、魔術が使えるようになりたかった。そうすれば、宗右真にも心配をかけずに済むかもしれない。
(それに、父様の敵討ちだって……)
木寅に頼んで、教えてもらおうか。
左久夜が考えていると、宗右真がやって来た。
「ご苦労さん」
左久夜は、宗右真から書類を受け取り、続けて報告書を差し出す。そこで、ふと思いついた。
木寅でなくたって、ぴったりの優秀な先生がここにもいるではないか。
「ソウちゃん。あのね、ご褒美の話なんだけど、」
ちょっと図々しいかなと思いつつ、左久夜は切り出した。
「あぁ。明日、持ってってやる」
左久夜の報告書を見たまま、宗右真は答えた。
「そうじゃなくて」
「何だ、いらねぇのか?」
「ご褒美って、どうせ、おまんじゅうか何かでしょ。だったら、その代わりに、術を教えて欲しいんだけど」
「術って、具体的に言え。攻撃、回復、結界、色々あるだろうが」
「式神」
左久夜は言った。
それまで報告書に目を向けながら、話をしていた宗右真だったが、そこで顔を上げて左久夜を見た。
「式神? お前が?」
「何で、そんなに驚くの」
聞いた左久夜に、宗右真は大袈裟に息を吐き出す。
「お前には向いてねぇ」
「それは、やってみないと分からないじゃない」
「どうせ、さっきのトラを見て思いついたんだろうが。先に言っておく。お前がトラと同じように、できるわけがねぇからな」
「あたしだって、八匹は無理だって分かってるよ」
「当たり前だろ。あんな芸当、俺にだって無理だ。トラにしかできねぇよ」
「でも、一匹くらいなら」
「無理」
少しも考えることなく、宗右真は言った。
左久夜はそれにムッとしつつ、それでも食い下がる。
「だから、やってみないと分からないでしょ。とりあえず、教えてくれてもいいじゃない。それでできなかったら、あたしも諦める」
左久夜は、お願いと手を合わせる。が、宗右真は再び、報告書に目を戻して言い放った。
「時間の無駄、体力の無駄、魔力の無駄」
「ソウちゃんのバカ」
「俺が馬鹿なら、お前は大馬鹿だ」
「何よっ!」
口を尖らせる左久夜に、宗右真は、またも大きなため息をついた。
「いいか。お前の魔力を全部で百だとすると、鬼姫のエサ代に五十、呼び出して使役するのに四十。で、残りは十。前の時みたいに、風の術を使えば、それですっからかんだ。どこに、そんな余裕がある?」
「でも、攻撃術を使わなかったら、」
「トラの式神は、そりゃ、万能だが、一匹、作るのに魔力を四十くらい消費する。それは、あいつの魔力が、ケタ違いだからできることだ。何度も言うが、お前は魔力が足らねぇ。伝令や偵察用ならまだしも、十の魔力で作った式神が、討伐で役に立つわけねぇだろ。馬鹿」
「……」
左久夜はぐっと奥歯をかみしめる。
確かに、宗右真の言う通りなのだろう。そこは自分の勉強不足だった。でも、まるで自分が、役立たずだと否定されたように感じられて。
「分かった。もういい!」
左久夜は、机の上に広げてあった荷物を、ドサッとかばんの中に放り込んだ。かばんと風呂敷包みを抱え、立ち上がる。
「サク」
宗右真が呼んだのを無視して、左久夜は部屋を出た。
力一杯、扉を閉める。物に八つ当たりするなんて、子供っぽい。小さな子供が叱られて、すねているのと同じだ。分かっている。 分かっているのに、怒りは収まらない。
ドスドスと玄関の広間まで来たところで、「サクちゃん」と、呼ばれた。
ひらひらと手を振る木寅。
「今から帰るのか? ソーマは、一緒じゃないのか?」
「知らない」
「あー」
木寅は、うなるようにつぶやいて、左久夜に肩を寄せる。そして、これまた小さな声で言った。
「ソーマと何かあったのか?」
「別に」
「いやいやいや。それさぁー、絶対、あったじゃん。思いっきり、ケンカしてんじゃん」
「……」
「んで、どうしたんだ?」
左久夜は、ぽつりぽつりと、宗右真とのことを話した。
自分に才能がないのは、分かっている。それでも努力すれば、練習を積めば、少しはましになるだろうと考えていた。
かばんを持つ手に、ぎゅっと力が入る。
「もうちょっと強くなれたら、足手まといにならないで済むかなって思って……なのに、あたしには無理だって!」
「だからダメだって、ソーマは言ったのか?」
「でも、バカだって言った!」
「そっか、そっか」
木寅はうなずいて、左久夜に笑った。いや、違う。木寅が笑ったのは、左久夜の後ろに向けてだった。
「あ〜、来た来た」
それで左久夜にも、後ろから聞こえて来る足音の正体が分かった。足音は、まっすぐこちらへ向かって来る。
左久夜は、振り返らない。宗右真が右側に立ったのにも、左を向いて視界から排除する。
「桜」
宗右真が呼んだ。
「あ、トラちゃん。話を聞いてくれて、ありがとう。じゃあね」
左久夜は宗右真を無視して、木寅にだけ手を振ると、歩き出す。その後ろを、すかさず足音がついて来た。
「おい」
「……」
「おい、」
「ついて来ないで」
「お前なぁ」
呆れたと言わんばかりの声。左久夜は、耐えられなくなって、宗右真を見た。
「ソウちゃんには、力も才能もない、あたしの気持ちなんか、分かんない!」
つい、苛立ちをぶつけてしまったけど。言った途端、左久夜は後悔していた。
才能がないことを分かっていながら、当主になったのは自分じゃないか。それを、宗右真に八つ当たりするのは違う。
今のは自分が悪かった。謝らなくては……。
頭では分かっているのに。
「あ……」
のどの奥、『ごめんなさい』がつっかえて出てこない。自分が嫌になる。
左久夜は泣きそうになって、風呂敷包みをぎゅうっと、抱きしめた。
「サク、」
宗右真が何かを言う前に、左久夜はその場から走って逃げた。




