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花は桜、愛でるべし〜女学生が初恋とお役目を全うするまで〜  作者: 倉桐ぱきぽ
1章 華族十三家

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戦う女学生

 手のひらに、ささっと三回、『人』と書く。

 それをすかさず飲み込んで、桜左久夜(サクラサクヤ)は、小さく息を吐き出した。

 この場所へ来て、一時間くらいは経ったはず。その間に何人、『人』を飲み込んだことか。


 日曜の午後。見上げた空は青天。春の陽気も相まって、行楽日和といえる。

 しかし。

 視線を元に戻せば、そこは帝都の外れの森の中。目の前の光景に、一気に現実へと引き戻される。

 左久夜は今、茶褐色の軍服を着て、薄暗い草むらに潜んでいるのだった。


 お役目を、うまくこなせるだろうか。


 不安がまたも頭をよぎる。その途端、緊張をほぐすおまじないは、効果が切れてしまった。心臓はまた、ドンドコドンドコ、祭りばやしを奏で始める。

 大きなため息が、こぼれ落ちた。


「大丈夫ですか?」


 側にいた東条明彦(トウジョウアキヒコ)が、前方から視線を外し、左久夜を見た。彼は、この三班を任されている若い士官だ。

 そう広い場所ではない。先ほどのおまじないを東条に見られていたのかもしれない。


「緊張してしまって」

 

 正直に答えた左久夜に、東条は「そうですよね」とうなずく。


「ただ、『戦場で緊張しないやつは、生き残れない』」

「え?」

「僕が(タチバナ)少佐から、言われたことです。ちなみに、少佐も未だに緊張するらしいですよ。ついでに僕も緊張しています」


 東条が小さく笑った、その直後。前方から警笛が響いた。


「来ましたね」

「はい」


 左久夜は東条と顔を見合わせ、うなずいた。

 少しして、森に野太い声が響く。


「一気に追い込め!」

 

 その声から、前方から来たのが二班だと、左久夜にも分かる。

 ガサガサ、ザザザ。

 音がする木立の奥へと、左久夜は目を凝らした。木々の間から姿を現したのは、黄緑色の葉を茂らせた大木。枝葉を揺らし、何本もの根っこをくねらせて、地面をはうように進んでいた。


「あれが、樹霊(ジュレイ)。木の魔物です」

 

 その姿を初めて目にした左久夜に、東条が言った。

 身の丈は、軍人の三倍以上、あるだろうか。図録では見ていたものの、想像以上の大きさだ。


 二班に追われた樹霊は、派手な音を立てながら、こちらへ向かって来る。


「左久夜さん」


 東条が、準備はいいかと尋ねてきた。左久夜は、うなずいて答える。この樹霊を仕留めるのが、左久夜に与えられた任務。


「僕たちが全力で支援します。桜家ご当主といえど、無茶は禁物です」

「はい」


 左久夜は深呼吸をしてから、後ろを振り返る。そこには今回、自分を支援してくれる屈強な軍人が十数人。


「みなさん、よろしくお願いします」


 一同を見回して、頭を下げた。それが部外者としての礼儀だ。その場にいた軍人は、敬礼でもって返してきた。

 しかし、出陣間際。

 こちらへ向かっていた樹霊が、あと少しの所で、進路を変えたではないか。


「おい、そっちじゃない!」

「進路をふさげ!」


 すぐさま、数人が追いかけたが、うまく引き戻せないようだ。

 左久夜はその様子を見ながら、手をぎゅっと握りしめた。このままでは、逃げられてしまうかもしれない。


「少尉、追いかけましょう」


 意を決して、左久夜は言った。けれども、東条は煮え切らない。

 その理由は、左久夜も分かっている。

 彼は左久夜の《《保護者》》から、『勝手をしないように見張っておけ』などと、言われているに違いない。


 だからと言って、左久夜も傍観しているわけにはいかない。女学生の左久夜が、軍の討伐作戦に加わっているのは、それが花の家名を持つ、華族十三家の当主に課せられた義務だから。

 

 そして今回、左久夜が招集された本当の理由は力試し。桜の当主として試されているのだ。だとしたら、自分が使えることを示さなければならない。


「追いかけます」


 左久夜は、先ほどよりも強めにくり返した。

 この樹霊は、危険度の高い魔物でもある。取り逃がすわけにはいかない。

 東条とのわずかなやりとりの間にも、樹霊は枝をムチをのようにして、立ちふさがった軍人をなぎ払い、どんどん遠ざかっている。


「臨機応変に。そう言ったのは、橘少佐じゃないですか」


 渋る東条に、左久夜は保護者のあげ足を取って、走り出した。

 左久夜だって、決して怖くないわけではない。けれど、これ以上、グズグズしていたら、足が動かなくなってしまいそうだった。


「あとに続け!」


 すぐに東条が追いついて来た。


 左久夜を先頭とした一団は、すぐに二班と合流する。二班の班長は左久夜を見て一瞬、申し訳なさそうな顔をした。


「支援、お願いします」


 左久夜は班長にそう言って、追い抜いて行く。あと少しで樹霊に追いつこうかという、その時。

 リーンと、かすかに鈴の音が響いて。


「おい、桜っ。何をしてる!」


 続けて、よく知る声が聞こえてきた。

 左久夜の右の奥から姿を見せたのは、一班を率いている橘宗右真(タチバナソウマ)。この作戦の責任者でもある。

 彼は左久夜より、ずっと強いし、場数も違う。けれど、こちらはすでに、樹霊の目と鼻の先にまで迫っていた。考えるまでもない。


「待て! 桜っ!」


 左久夜は、怒鳴る宗右真を無視して走った。


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