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第97話:レイナの進路 〜剣聖、エプロンを纏う〜

 ある日の午後。

 日本の全テレビ局が、緊急記者会見の模様を生中継していた。


 場所は、探索者協会本部の大会議場。

 無数のフラッシュが焚かれる中、登壇したのは、銀色の髪を凛と結い上げた少女——銀条レイナだ。


 彼女は先日、S区防衛戦での功績(※実際には気絶していただけだが、生き残っただけで偉業とされる)により、Sランクを超越した国家戦力『EXランク探索者』の称号を与えられたばかりだった。


『銀条さん! EXランク昇格おめでとうございます!』

『今後はどのような活動を? やはり海外進出でしょうか?』

『政界進出の噂もありますが!』


 記者たちが矢継ぎ早に質問を飛ばす。

 日本最強の剣士。国民的ヒロイン。

 彼女の未来は、栄光に満ちているはずだった。


 だが。

 マイクの前に立ったレイナは、涼やかな声で衝撃の宣言を行った。


「——本日をもちまして、探索者としての活動を無期限に縮小いたします」


 会場が静まり返る。


「引退……ということですか!?」

「いいえ。引退ではありません」


 レイナは、カメラのレンズを真っ直ぐに見据えた。

 その瞳は、かつてないほどの決意と、熱っぽい信仰心に輝いていた。


「私は、より高みを目指すために……ある御方の下で、『住み込みの修行』に入ることにいたしました」


 ざわめきが広がる。

 剣聖が師と仰ぐ人物。

 それはつまり、あの「S区の神」しかいない。


「修行とは、具体的には!?」


 記者の問いに、レイナは頬を少し染めて答えた。


「……身の回りのお世話です。掃除、洗濯、炊事。生活の全てを捧げ、その背中から『真理』を学ぶ所存です」


 世間はどよめいた。

 「伝説の修行が始まるのか」「きっと凄まじいスパルタに違いない」と。


 ——しかし。

 その「修行」の実態は、あまりにも家庭的なものだった。


 ◇ ◇ ◇


 S区・相葉邸、キッチン。


 テレビの画面には、キリッとした顔で会見に応じるレイナちゃんが映っている。

 そして、画面の手前には——。


「ふふ〜ん♪」


 フリルのついたエプロンを身に着け、鼻歌交じりに包丁をトントントンと軽快に動かす、本物のレイナちゃんがいた。


「……ねえ、レイナちゃん」


 俺、相葉湊は、リビングのソファから声をかけた。


「本当にいいの? あんな大々的に宣言しちゃって」


 国民的英雄が、引きこもりの家で玉ねぎのみじん切りをしている。

 この落差。

 世間のファンが見たら泣くんじゃないだろうか。


「何をおっしゃいますか、師匠!」


 レイナちゃんは、包丁を止めて振り返った。

 その顔は、記者会見の時よりもずっと生き生きとしている。


「これぞ、私が望んだ道です! 師匠の健康管理と生活支援こそ、今の私に課せられた最大のミッション(聖務)ですから!」


「そ、そう……? (家事が聖務って、意識高いなぁ)」


 俺は圧倒された。

 彼女曰く、「師匠が快適に堕落ゲームできる環境を整えることこそ、弟子の務め」らしい。

 ありがたい話だ。

 俺は掃除も料理も嫌いじゃないが、プロ(Sランク)に任せられるならそれに越したことはない。


「今日の夕食はハンバーグです! 挽肉は、剛田さんが届けてくれた『フェンリルの霜降り』と『オークキングのバラ肉』の合挽きです!」


「うわ、豪華。つなぎは?」


「世界樹のパン粉と、聖なるミルクを使用しております!」


「完璧だ……」


 食材のレベルが高すぎる。

 食べてるだけでステータスがカンストしそうだ。


 ピンポーン。


 チャイムが鳴る。

 俺が出ようと腰を浮かせると、


「お座りください! 私が出ます!」


 レイナちゃんが疾風のごとく玄関へ走り、すぐに戻ってきた。

 手には、YAMAZONの箱と、クール便の箱。


「剛田さんからです! 『S区産の採れたて野菜』と、ジャック氏からの『フランス産ヴィンテージワイン(推定300万円)』が届きました!」


「剛田さんもジャックさんも、マメだなぁ」


 S区の周辺は、俺の魔力と世界樹の影響で、野菜が巨大化して美味しくなるという謎の現象が起きているらしい。

 地産地消。エコだね。


「師匠、ワインは冷やしておきますか? それともデキャンタージュしますか?」

「うん、よく分かんないから適当に美味しくしといて」

「御意!」


 レイナちゃんがテキパキと動く。

 アリス(フィギュア)も、テーブルの上でナイフとフォークを並べて手伝っている。

 ポチは、キッチンから漂う肉の匂いに尻尾を振って待機中だ。


 俺は、ふぅと息を吐いてソファに沈み込んだ。


「……最高だ」


 Uber Eatsより豪華で、早い。

 家事は完璧。

 面倒な対外折衝も、レイナちゃんが「師匠は瞑想中です」と追い払ってくれる。


 衣食住、全てが満たされている。

 これこそが、俺の求めていた「最強の引きこもりライフ」の完成形だ。


「ご飯ができるまで、一狩り行くか」


 俺はコントローラーを握った。

 キッチンから聞こえる包丁の音と、煮込み料理のいい匂い。

 それは、どんなBGMよりも心地よく、俺の心を癒やしてくれた。


 ——だが。

 俺はまだ気づいていなかった。

 この家そのもの(ダンジョン)が、この幸せな空気に感化され、さらなる「進化デレ」を遂げようとしていることに。


 ミシッ……。


 壁が、嬉しそうに鳴いた気がした。

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