第95話:祝勝会という名の鍋パ 〜ラスボスの肉は松阪牛の味がする〜
S区・相葉邸のリビング。
世界の命運をかけた戦いが終わり、平和を取り戻した聖域には、食欲をそそる醤油と砂糖の焦げる匂いが充満していた。
「よし、準備完了だ」
俺、相葉湊は、カセットコンロの上に置かれた鍋を見下ろして頷いた。
今日のメニューは、日本人の魂の御馳走——『すき焼き』である。
テーブルを囲むのは、俺を含めた四人と一匹、そして一体。
家政婦(Sランク探索者)のレイナちゃん。
アメリカのフレンド(Sランク探索者)のジャックさん。
配送業者(Sランク配送員)の剛田さん。
そして愛犬ポチと、フィギュアのアリス。
メンツはカオスだが、空気は和やかだ。
「さあ、みんな遠慮しないで食べてくれ。今日は『肉』が大量にあるからな」
俺は、大皿に山盛りにされた肉を指差した。
赤身と脂身が絶妙なバランスで混ざり合い、芸術的な霜降り模様を描いている。
常温に置いているだけで脂が溶け出しそうな、超高級肉だ。
——その正体が、先ほど俺がスリッパで粉砕した『終焉の王』の尻尾の一部であることは、俺以外(俺は知らないが)全員が知っていた。
「……ゴクリ」
剛田さんが、喉を鳴らす音が聞こえる。
食欲ではない。恐怖と、生物としての渇望だ。
「こ、これを……本当に食べていいんですか? 神の肉ですよ?」
「神? いや、ただのドロップ品だよ。鮮度がいいうちに食べないと勿体ないだろ」
俺は菜箸で肉を掴み、熱した鍋に並べた。
ジュワァァァァァ……!!
芳醇な香りと共に、黄金色の蒸気が立ち上る。
ただの湯気ではない。
高純度の魔素が気化した、いわば「食べるポーション」の香りだ。
「Oh my god... It smells like heaven...(なんてこった……天国の匂いがする……)」
ジャックさんがうっとりとした表情で匂いを嗅いでいる。
アメリカ人には、醤油ベースの割下は新鮮かもしれない。
「はい、煮えたよ。溶き卵につけてどうぞ」
俺が勧めると、レイナちゃんが震える箸を伸ばした。
「い、いただきます……! 師匠からの賜り物、心して……!」
彼女は肉を口へと運んだ。
◇ ◇ ◇
——その瞬間。
レイナの脳内で、ファンファーレが鳴り響いた。
【レベルアップ!】
【全ステータスが上昇しました】
【スキル『神食』を獲得しました】
「んんっ……!?」
レイナは目を見開いた。
美味い。
舌の上で脂が解け、濃厚な旨味が爆発する。
だが、それ以上に——力が、奔流となって全身を駆け巡る!
「な、なんですかこれは!? 食べた瞬間、魔力が溢れて……体が熱い!」
レイナの肌が、桜色に輝き出す。
ただの食事ではない。
これは、高位存在のエネルギーを直接取り込む儀式だ。
「Me too!(俺もだ!)」
ジャックも肉を頬張り、叫んだ。
「Power! Unlimited Power!!(パワー! 無限のパワーが湧いてくる!)」
彼の筋肉がパンプアップし、着ていたシャツのボタンが弾け飛ぶ。
マッスル・エボリューション。
「うおおおっ! 疲労が消えた! 古傷も治った! 明日なら地球一周配送できる気がするぜぇぇぇ!」
剛田さんに至っては、スキンヘッドがピカピカに発光し始めている。
ポチも、専用の皿に盛られた肉をバクバクと食べ、そのたびに体が大きくなったり小さくなったりしている。
アリスちゃんは、肉の欠片を小さく切って口に運び、幸せそうに頬を緩めている(※自動修復機能によりボディの傷が治癒中)。
カオスだ。
食事をしているだけなのに、全員がスーパーサイヤ人みたいになっている。
◇ ◇ ◇
——湊の視点。
「みんな、リアクションいいなぁ」
俺は感心しながら、自分も肉を口に入れた。
ハフハフ……んぐっ。
「……うん、美味い!」
柔らかい。
噛む必要がないくらいだ。
味は、最高級の松阪牛に近いだろうか。いや、それよりもコクがある。
謎の肉だけど、味は一級品だ。
「これ、なんの肉なんだろうな。黒毛和牛の突然変異種かな?」
俺が首を傾げると、レイナちゃんが顔を真っ赤にして(魔力酔いで)答えた。
「これは……『神話』の味です、師匠!」
「神話かぁ。大げさだなぁ」
俺は笑って、ビール(※未成年ではないので)を流し込んだ。
くぅ〜っ、たまらん!
世界を救った後の(救った自覚はないが)、風呂上がりの一杯とすき焼き。
これ以上の幸せがあるだろうか。
「どんどん食ってくれ! 野菜もあるぞ! シメはうどんだ!」
俺は肉を追加投入した。
鍋がグツグツと音を立てる。
湯気越しに見えるみんなの顔は、戦いの疲れも吹き飛び、笑顔(と発光)に満ちていた。
「Cheers! To the Master!(乾杯! 師匠に!)」
「湊様に一生ついていきます!」
「師匠、おかわりを!」
楽しい宴だ。
外の世界では、政府がS区の対応に追われ、マスコミがヘリを飛ばし、世界中がパニックの余韻に浸っているというのに。
ここだけは、別世界のように平和で、温かい。
「……ふふっ」
俺は自然と笑みがこぼれた。
色々あったけど、結果オーライだ。
家は直してくれるって総理が言ってたし、ネットも速くなるし、新しい友達もできた。
最強の引きこもり生活は、これで安泰だ。
「ふぅ……食った食った」
一時間後。
鍋は空になり、全員のお腹が満たされた。
俺は、満腹感と共に襲ってきた強烈な眠気に目をこすった。
「悪い、俺もう寝るわ。昨日は徹夜だったし」
「はい、師匠。後片付けはお任せください」
レイナちゃんがテキパキと食器を下げてくれる。
本当にいいお嫁さん……じゃなくて、家政婦さんになりそうだ。
「おやすみ、みんな。……また明日な」
俺はフラフラと二階へ上がっていった。
背中で、「おやすみなさい!」という元気な声が重なる。
ベッドに倒れ込む。
意識が遠のく。
明日からは、また普通の日常が始まる。
ゲームして、寝て、たまに美味しいものを食べる。
そんな、代わり映えのしない、最高の毎日が。
俺は幸せな気持ちで、深い眠りへと落ちていった。
——窓の外。
S区の夜空には、いつの間にか満天の星が輝いていた。
それはまるで、世界を救った英雄の眠りを祝福するような、優しい光だった。




