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第86話:会話が噛み合わない 〜ガラス代とアイス代、あと慰謝料〜

 S区・相葉邸の庭(だった場所)。

 瓦礫と化した廃ビルの山から、黒い巨体がゆらりと起き上がった。


 『……ヌゥゥ……』


 終焉の王(アポカリプス)は、再生を始めていた。

 ハエ叩きの衝撃波で吹き飛んだ頭部が、黒い霧を集めて再構築されていく。

 不死性。

 概念が消滅しない限り、王は何度でも蘇る。


 だが、その威容を前にしても、目の前の「ジャージの男」は眉一つ動かさなかった。


 タタッ。

 相葉湊が、瓦礫の上に着地する。

 右手にハエ叩き。左手は腰に当てている。

 まるで、近所の公園でラジオ体操でもするかのようなリラックスぶりだ。


「おい、聞いてんのか?」


 湊が、再生途中の巨人の顔を見上げて言った。


「寝たふりしても無駄だぞ。きっちり払ってもらうからな」


 『……我ガ……座……』


 王が呻く。

 その声は、大気を震わせ、周囲の窓ガラス(既に割れているが)をビリビリと共振させる重低音だ。


 『……返セ……。ソコハ……我ガ……居場所……』


 王が指差したのは、湊の家——その中心にある「部屋ダンジョンコア」だ。

 あそここそが、世界の魔力が集まる特異点。

 王が座るべき玉座。


 だが、湊の解釈は違った。


「は? 居場所?」


 湊は心底嫌そうな顔をした。


「お前、宿なしかよ。だからって勝手に人の家に上がり込もうとするな」

「うちはシェアハウスじゃないんだ。満室だよ、満室」


 家政婦レイナとペット(ポチ)とフィギュア(アリス)で、もう手一杯だ。

 こんな泥だらけの巨人を住まわせるスペースなどない。


 『……崇メヨ……』


 王は湊の言葉を聞いていない。

 圧倒的な「恐怖」のオーラを放出する。


 『……我ハ……終焉……。全テヲ……無ニ帰ス者……』


 その宣言と共に、周囲の空間が暗く淀み、重力が狂い始める。

 瓦礫が浮き上がり、空気が悲鳴を上げる。

 レイナたちが呼吸困難に陥るほどのプレッシャー。


 ——しかし。


「就活か?」


 湊は、ハエ叩きで自分の肩をトントンと叩いた。


「『無に帰す者』って、解体業者か何か? 職歴アピールされても困るんだよ」

「俺が聞いてるのは、『弁償』の話だ」


 湊は指折り数え始めた。


「まず、二階の窓ガラス。あれ特注品なんだぞ。サッシ込みで五万はする」

「次に、庭の修繕費。見てみろこの穴。埋めるのにどれだけ土がいると思ってるんだ」

「そして何より……」


 湊の声が、一段低くなる。


「『チョコミントアイス』だ」


 『……?』


 王の動きが止まる。

 プリン?

 なんだそれは。新たな呪文か?


「楽しみにしてたんだぞ……。風呂上がりに、あのチョコミントのアイスを口いっぱいに頬張る瞬間を」

「それを、お前の指のせいで! ガラスまみれにしやがって!」


 湊の怒りが再燃する。

 その殺気は、王の放つ「終焉のオーラ」を凌駕し、逆に王の方を威圧し始めていた。


 『……貴様……』


 王は混乱していた。

 この人間は、何を言っている?

 ガラス? 菓子?

 世界の命運をかけた戦いの最中に、なぜそんな瑣末さまつな話をする?


 ——いや、違う。

 王の本能が悟る。

 こいつにとって、世界の終わりなどどうでもいいのだ。

 こいつの世界において、「チョコミントアイス」の価値は、「人類の存亡」よりも重いのだ。


 『……愚カナ……』


 王の感情が、「困惑」から「激怒」へと変わる。

 神話の災厄である自分を、ここまでコケにした存在はかつてなかった。


 『……消エ失セロォォォッ!!』


 王が吼えた。

 交渉決裂。

 王の背中から、無数の黒い触手が槍のように伸びる。

 その切っ先は、すべて湊に向けられていた。


 ◇ ◇ ◇


 ——後方、瓦礫の陰。


「し、師匠……!」


 レイナは、血の気を失った顔でその光景を見ていた。

 会話の内容までは聞こえない。

 だが、師匠があの巨人と対峙し、一歩も引かずに「説教」している姿だけは見えた。


「恐ろしい……。あの方は、終焉の王に対して『道理』を説いているのね」

「言葉の通じぬ怪物相手に、対話による解決を試みるとは……なんて器の大きさ!」


 ジャック・バーンも、ふらつく足で立ち上がり、敬礼した。


「Master respects the rules... even against the Devil.(師匠はルールを重んじる……相手が悪魔であってもな)」

「But negotiation failed.(だが、交渉決裂だ)」


 王の殺気が膨れ上がる。

 無数の黒い槍が、湊を貫こうと射出された。


 ヒュババババババッ!!


 音速を超える闇の槍衾やりぶすま

 回避不可能な飽和攻撃。


「危ないッ!!」


 剛田が叫ぶ。

 だが、湊は動かなかった。

 ただ、面倒くさそうにハエ叩きを構え直しただけだった。


 ◇ ◇ ◇


 ——湊の視点。


「あーあ。逆ギレかよ」


 俺は呆れた。

 弁償の話をしたら、いきなり暴れだすなんて。

 最近の不法投棄業者はモラルがないな。


 飛んでくるのは、黒い泥の棒きれ。

 たくさんあるけど、動きが直線的すぎる。

 FPSゲームの弾幕に比べれば、止まって見えるレベルだ。


「話が通じないなら、体で払ってもらうしかないな」


 俺は、ハエ叩きを振るった。

 右、左、上、下。

 手首のスナップだけで、最小限の動きで。


 パンッ! パパンッ! パパパパンッ!


 軽快なリズム。

 飛来する黒い槍が、次々とハエ叩きに弾かれ、空中で霧散していく。


掃除機ダイソンがあれば一発だったんだけどなー。充電切れちゃったし」


 俺はボヤきながら、百本以上の攻撃を全て叩き落とした。

 一本たりとも、俺のジャージにかすりもしない。


 『ナ、ナゼダ……!? 全テ……弾カレル……!?』


 王が驚愕しているのが分かる。

 そりゃそうだ。

 俺が使っているのは、3年間毎日ドラゴンの鱗を叩き続け、神話級に進化した『竜墜とし(ドラゴンスレイヤー)のハエ叩き』だ。

 耐久性と反発力は、オリハルコンを超えている。


「さて、と」


 俺は全ての攻撃を防ぎ切り、ハエ叩きをビシッと巨人に向けた。


攻撃はなしは終わったか? じゃあ、次はこっちの番だ」


 俺は、ハエ叩きを腰に差した。

 そして、背中に背負っていた「もう一つの掃除用具」に手を伸ばす。


 さっきベランダに置いてきた布団叩き……ではない。

 もっと根源的な、俺の足元を支えてきた相棒。


 俺は、右足のスリッパを脱ぎ、手に持った。


「……掃除機が使えないなら、これで吸い込む代わりにお前を『掃き出す』しかないな」


 最強の大家さんが、最終通告を突きつけた。

 これより行われるのは、戦闘ではない。

 強制退去(物理)だ。

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