第82話:ラスボス顕現:終焉の王(アポカリプス) 〜そのステータス、測定不能につき〜
ギィィィィィンッ!!
相葉邸の玄関前。
銀条レイナの愛剣『竜殺し』が、深淵の騎士の大剣を受け止め、悲鳴を上げていた。
「くっ……! 重い……ッ!」
火花が散る。
ミスリルの刃に、亀裂が走る。
Sランク装備でさえ、深淵の軍勢相手には消耗品に過ぎない。
「Hey! No time to rest!(おい! 休んでる暇はないぞ!)」
ジャック・バーンが援護射撃を行う。
ロケットランチャーの残弾は尽き、今は魔力で生成した光の矢を乱射している。
剛田猛も、トラックのドアを盾にして、必死に防衛線を維持していた。
彼らは強かった。
人類最高峰の戦力だ。
だが、敵は無限。
倒しても倒しても、庭の亀裂から次々と這い出してくる。
「キリがない……! 元を断たなければ!」
レイナが叫んだ、その時だった。
ピタリ。
戦場を支配していた喧騒が、唐突に止んだ。
深淵の騎士たちが、一斉に動きを止め、その場に跪いたのだ。
まるで、主君を迎える家臣のように。
「……何が起きた?」
剛田が冷や汗を拭う。
静寂。
だが、それは安らぎではない。
鼓膜が痛くなるほどの、圧倒的なプレッシャーが空間を満たし始めていた。
ズ、ズ、ズ……。
庭の中央。
あの巨大な亀裂から、漆黒の霧が噴き出す。
霧は渦を巻き、凝縮し、一つの巨大な「形」を成していく。
『……オ……オオオ……』
空気が震える。
その姿が現れた瞬間、S区の重力が倍加したように感じられた。
身長、推定50メートル。
高層ビルを見下ろす巨体。
全身は闇よりも深い黒の「虚無」で構成され、その輪郭は陽炎のように揺らめいている。
顔には目も鼻もなく、ただ一つ、世界を飲み込むための巨大な「口」だけが裂けていた。
【終焉の王】
神話の時代、文明をリセットするために現れたとされる、破壊の概念そのもの。
「あ……あぁ……」
レイナの膝が、カクンと折れた。
戦う意思すら湧かない。
生物としての格が違いすぎる。
蟻が、人間に勝てると思うだろうか?
「鑑定……!」
レイナは震える指で、ステータスグラスを起動した。
相手の情報を見れば、弱点が分かるかもしれない。
一縷の望みをかけて。
——ピピッ。
【NAME:終焉の王】
【LEVEL:ERROR】
【HP:∞(測定不能)】
【SKILL:世界崩壊、概念消去、絶望の瞳……】
パリンッ!!
グラスが砕け散った。
処理しきれない情報量に、デバイスが耐えきれなかったのだ。
「測定……不能……」
レイナは絶望した。
勝てない。
私たちが束になっても、1秒も持たない。
『……我ガ……座……』
王が、ゆっくりと首を巡らせる。
その視線には、レイナたち人間など映っていない。
ただ一点。
目の前にある、ちっぽけな木造建築——相葉邸だけを見つめている。
あそこにある。
この星の魔力が集う、至高の玉座が。
そして、自分を「掃除機」や「雑巾」でコケにした、忌々しい人間が。
『……返セ……』
王が一歩、足を踏み出した。
ズドォォォォォン!!
その一歩だけで、衝撃波が発生する。
庭の木々が根こそぎ吹き飛び、レイナたちは木の葉のように舞い上げられ、家の壁に叩きつけられた。
「がはっ……!」
レイナが血を吐く。
ジャックも剛田も、地面に伏して動けない。
王の手が伸びる。
その巨大な指先が、家の屋根を掴み取ろうとする。
——家の中。玄関ホール。
「……ん?」
俺、相葉湊は、ドアノブに手をかけたまま首を傾げていた。
「開かない……?」
ドアが、びくともしない。
鍵は開けたはずだ。
なのに、外からものすごい力で押さえつけられているような圧力を感じる。
「風圧か? 台風でも来てるのかな」
俺はドアをグイグイと押した。
外では、衝撃波が吹き荒れているらしい。
古い家だから、気圧の変化で建て付けが悪くなったのかもしれない。
「あーあ、せっかく物置を見に行こうと思ったのに」
俺は諦めて手を離した。
無理に開けてドアが壊れたら、修理代がかかる。
それよりも、お腹が空いた。
アイスは溶けてしまったし、別のものを探そう。
「ポチー、どこだー? おやつ食べるかー?」
俺はリビングの方へ声をかけた。
だが、返事はない。
「……ポチ?」
俺は不審に思い、リビングに戻った。
ポチがいない。
いつもなら、この時間はソファの下で寝ているはずなのに。
「まさか、外に出たのか?」
俺は掃き出し窓に駆け寄った。
カーテンを開ける。
そこには——。
庭の中央で、小さな黒い影が、天を衝く巨人に立ち向かおうとしている姿があった。
『ガルルルルル……ッ!!』
ポチだ。
チワワの姿のまま、全身の毛を逆立てて、500メートルの怪物に吠えかかっている。
「ポチッ!?」
俺は窓を叩いた。
何やってんだあいつ!
相手はデカいぞ! 勝てるわけないだろ!
だが、ポチは振り返らない。
その背中は、主を守るための決意に満ちていた。
『ワフッ!(ボクが時間を稼ぐ! 主は逃げて!)』
ポチの影が膨れ上がる。
禁じられた力。
限界を超えた「神獣化」を行おうとしているのだ。
——だが、相手が悪すぎた。




