第81話:地獄の門、開く 〜チョコミントは溶けると不味い〜
バリバリバリバリッ!!
S区・相葉邸の庭。
かつて芝生だった場所は、今や異界の戦場と化していた。
地面に走った巨大な亀裂。
そこから、尽きることのない「闇」が噴き出している。
泥人形ではない。
今、這い出してきているのは、明確な「殺意」と「武力」を持った軍勢だ。
【深淵の騎士】
漆黒の全身鎧に身を包み、身の丈3メートルはある巨躯。
手には、闇でできた大剣や槍が握られている。
推定ランク:A+。
本来なら、一体で街を壊滅させるレベルの怪物が、軍隊の規模で行進してくるのだ。
「Shit! Endlessly...!(クソッ! キリがねぇぞ!)」
ジャック・バーンが叫び、ロケットランチャーをぶっ放す。
ズドォォォン!!
着弾。爆炎が騎士を包む。
だが、炎が晴れた後、そこには無傷で歩を進める騎士の姿があった。
「Magic Resistance!?(魔法耐性かよ!?)」
ジャックが舌打ちする。
深淵の騎士たちは、強固な魔力障壁を纏っている。
生半可な火力では、その装甲に傷一つつけることすらできない。
「させませんッ!」
銀条レイナが、疾風のごとく駆け抜ける。
愛剣『竜殺し』が銀閃を描き、騎士の首を刎ね飛ばす。
ガギィン!
硬い手応え。
首は落ちた。だが、首のない騎士は倒れることなく、裏拳でレイナを殴り飛ばそうとする。
「くっ……! 不死性まであるのですか!」
レイナはバックステップで回避するが、着地した足を別の騎士が狙う。
数が多い。
一人倒す間に、三人が這い上がってくる。
「オラァァァァァッ!!」
剛田猛が、トラックのバンパー(鋼鉄製)を引き剥がして棍棒代わりにし、騎士たちを殴り飛ばす。
S級配送員の馬鹿力で吹き飛ばすが、敵はすぐに起き上がってくる。
「硬ぇ! 岩みてぇだ! これじゃ荷物が守りきれねぇぞ!」
じりじりと、防衛線が下がる。
庭の中央から、玄関前のポーチへ。
そして、ついに。
ガシャァ……!
先頭の騎士が、相葉邸の玄関ドアに手をかけた。
「いけないッ!!」
レイナが絶叫する。
あのドアの向こうには、瞑想中(と思っている)の師匠がいる。
ここを突破されたら、師匠の安息が、そして日本の未来が終わる。
「ジャックさん! 剛田さん! 死守です! この扉だけは、絶対に開けさせてはなりません!」
三人は傷だらけの体で、玄関の前に立ちはだかった。
迫りくる黒い波。
絶望的な戦力差。
だが、彼らの目に諦めの色はなかった。
——なぜなら、背後の扉の向こうに、「希望」がいると信じているからだ。
◇ ◇ ◇
——一方、その「希望」。
玄関から数メートル上、二階の自室にて。
暗闇の中、懐中電灯の明かりだけが灯る部屋で、俺は絶望的な戦いを強いられていた。
「……ま、不味い」
俺はスプーンを口に含み、顔をしかめた。
ドロドロに溶けたチョコミントアイス。
それはもはやアイスではない。
生ぬるい、ミント味の甘いスープだ。
「なんでだよ……。なんでアイスって、溶けるとこんなに甘ったるくなるんだよ」
パリパリだったチョコチップも、ふやけてしまっている。
食感のハーモニーが台無しだ。
俺が求めていたのは、風呂上がりの冷たくて爽やかな刺激だったのに。
「はぁ……」
俺はため息をついた。
停電のせいで、冷蔵庫がただの箱になっている。
このままでは、冷凍庫にストックしてある『ガリガリ君』も『雪見だいふく』も全滅だ。
ドォォォォン!!
ガガガガッ!!
外から、激しい音が聞こえてくる。
家が微かに揺れる。
「……雷、近いな」
俺はスプーンを動かす手を止めた。
さっきからずっと鳴っている。
ピカピカ光ってるし、かなり激しい雷雨みたいだ。
「ポチ、大丈夫かなぁ」
俺は心配になった。
ポチは雷が嫌いなのか、さっきからずっと吠えている気がする。
庭に置いてある犬小屋に入っていればいいんだけど。
「……あ」
そこで俺は、さらに重大なことに気づいた。
「そういえば、庭に『物置』置いてたっけ」
一階の庭の隅にある、プラスチック製の物置。
あの中には、昔集めていたマンガや、季節外れの扇風機が入っている。
もし雷が直撃したり、強風で飛んできた物が当たったりしたら……。
バキィィィン!!
下の方で、何かが砕ける音がした。
「うわっ! 今の音!」
俺はビクッとした。
今の、プラスチックが割れる音じゃなかったか?
まさか、物置が?
「……確認しなきゃ」
俺は残りのアイスを一気飲み(激甘)し、立ち上がった。
マンガが雨に濡れたら最悪だ。
ちょっと庭に出て、様子を見てこよう。
俺は懐中電灯を手に取り、部屋を出た。
階段を降りる。
一階の廊下は真っ暗だ。
玄関の方から、ガシャガシャという金属音と、男たちの怒号が聞こえる。
「……ん?」
俺は首を傾げた。
テレビの音? いや、停電してるしな。
外の音か。
工事の人たちが、雨の中で作業してるのかな。大変だなぁ。
「すみませーん、ちょっと通りますよー」
俺は心の中で断りを入れつつ、サンダルを履いた。
そして、玄関のドアノブに手をかけた。
——その扉の向こうに、人類の存亡をかけた最終防衛ラインが敷かれていることなど、夢にも思わずに。




