第78話:【悲報】電気が止まる 〜セーブしてない、その一点のみで〜
プンッ。
S区・相葉邸の二階。
無機質な音が響き、俺、相葉湊の世界は闇に包まれた。
PCのファンの回転音が止まる。
モニターの青白い光が消え、自分のマヌケな顔が黒い画面に映り込む。
エアコンの送風音も止まり、部屋に重苦しい静寂が訪れる。
「…………」
俺はマウスを握ったまま、数秒間、石像のように固まった。
脳が状況を処理するのを拒否している。
停電?
まさか。
先日、総理大臣と直々に『インフラ無償提供&優先供給』の契約を結んだばかりだぞ?
日本が沈没しても、ここだけは電気が通るはずじゃなかったのか?
俺は震える指で、部屋の照明スイッチをカチカチと押した。
つかない。
スマホのライトをつける。
Wi-Fiルーターのランプ……消灯。
「う、そだろ……」
俺の背筋を、冷たい汗が伝う。
電気が来ない。ネットも繋がらない。
それは、ライフラインの完全断絶を意味する。
だが、今の俺にとって、それ以上に重大な問題があった。
「セーブ……」
俺は真っ暗なディスプレイを見つめた。
「してない……」
さっきまでの数時間。
ジャックさんと協力して勝ち取ったランクポイント。
苦労してドロップしたレア武器。
そして、何よりも——。
【レアドロップ:黄金のアサルトライフル(出現率0.001%)】
さっきの試合で、奇跡的にゲットしたばかりのアイテム。
オートセーブが入る前だった。
つまり。
「全部……消えた……?」
俺の努力が。
俺の運が。
俺の時間が。
ただの電気信号の消失と共に、虚無へと帰した。
ブチッ。
俺の脳内で、理性のブレーカーが落ちる音がした。
「ふざけんな……」
俺は立ち上がった。
椅子がガタッと倒れる。
アリスが心配そうに近寄ってくるが、今の俺には見えていない。
「ふざけんなよオオオオオオオッ!!」
俺は叫んだ。
恐怖でも、悲しみでもない。
純度100%の、混じりっけなしの「激怒」だ。
「電気代払ってるだろ!!(※無料です)」
「契約しただろ!!(※一方的です)」
「なんで一番いいところで切るんだよ!!」
俺は、やり場のない怒りを込めて、右足を振り上げた。
そして、床に向かって全力で踏み下ろした。
ドンッ!!!!
ただの地団駄。
癇癪を起こした子供の八つ当たり。
——だが。
レベル9999(カンスト)の肉体が放つ「地団駄」は、物理法則を超越していた。
◇ ◇ ◇
——一階、リビング。
「きゃぁっ!?」
銀条レイナは、突如として家全体を襲った衝撃に悲鳴を上げた。
地震ではない。
二階から、一点集中のとてつもないプレッシャーが降ってきたのだ。
ビシッ、ビシシッ……!
空間に亀裂が入るような音。
そして。
カッ!!!!
相葉邸全体が、まばゆい光に包まれた。
電気ではない。
湊の体内から溢れ出した、行き場のない魔力(怒り)が、家という器を通して発光現象を引き起こしたのだ。
「こ、これは……!?」
レイナは窓の外を見た。
S区の闇夜を切り裂くように、相葉邸から天に向かって、太く、巨大な光の柱が立ち昇っている。
それはまるで、天を貫く標。
あるいは、神の降臨を告げる狼煙。
「師匠が……お怒りだわ……!」
レイナは直感した。
この光は、ただの魔力ではない。
『ふざけるな』『俺の邪魔をするな』『許さない』という、強烈な「敵意」の塊だ。
そして、その光は、ある効果をもたらした。
『グルルルル……』
『ギャアアアア……』
外から、無数の唸り声が聞こえ始めたのだ。
スタンピードによって地上に溢れ出していた魔物たちが、一斉にこちらを向いている。
「ま、まさか……!」
レイナの顔色が蒼白になる。
この光は、「超広域挑発」だ。
世界中の魔物に対し、『俺はここだ』『文句があるならかかってこい』と喧嘩を売ってしまったのだ!
◇ ◇ ◇
——東京上空、報道ヘリ。
『み、見てください! S区の中心部から、謎の光の柱が……!』
カメラが捉えた映像に、日本中が息を呑んだ。
停電で真っ暗になった東京の街。
その中で、S区の一点だけが、太陽のように輝いている。
『魔物たちが……光に集まっていきます!』
街を破壊していたドラゴンも、ビルを登っていた巨人兵も。
全ての魔物が、破壊活動を止め、ふらふらと光の方角へ——S区へ向かって行進を始めたのだ。
まるで、誘蛾灯に集まる虫のように。
『これは……彼が、囮になってくれているのでしょうか!?』
『市民を守るために、全ての魔物を一身に引き受けるつもりか!?』
ニュースキャスターが涙声で実況する。
感動的な解釈だ。
だが、現実は違う。
湊はただ、「セーブデータが消えた怒りで床ドンしたら、光っちゃった」だけなのだ。
◇ ◇ ◇
——湊の部屋。
「……はぁ、はぁ」
俺は肩で息をしていた。
一発踏み込んだら、ちょっとスッキリした。
床が少し凹んで、なんか部屋がピカピカ光ってる気がするけど、興奮していてよく分からない。
「……暑い」
俺は汗を拭った。
エアコンが止まったせいで、室温が急上昇している。
湿気がすごい。
「最悪だ……。何もかも最悪だ」
俺は暗い部屋の中、手探りで歩いた。
何か冷たいものが飲みたい。
冷蔵庫も止まっているだろうが、まだ冷気は残っているはずだ。
だが、そこで俺はさらに致命的な事実に気づく。
「……待てよ。冷蔵庫が止まってるってことは」
俺の顔が引きつる。
冷凍庫の中にある、俺の宝物。
まとめ買いした『高級アイス(ハーゲンダッツ的なやつ)』たち。
そして、先日レイナちゃんが持ってきた『キング・ベヒーモスの霜降り肉』。
「溶ける……! 腐る……!!」
セーブデータ消失に続く、第二の悲劇。
食料の危機だ。
「嘘だろ……。俺の楽しみが……」
俺は頭を抱えてうずくまった。
外では、俺の放った光に引き寄せられた数万、数億の魔物の軍勢が、S区に向かって雪崩れ込んできている。
地響きが近づいてくる。
だが、俺の耳には、それらは聞こえない。
俺の心にあるのは、溶けゆくアイスへの哀悼と、電気を止めた「元凶」への底なしの恨みだけだった。
「……許さん」
俺は、暗闇の中でボソリと呟いた。
「俺のアイスを溶かした奴は……絶対に許さんぞ」
最強の引きこもりが、ついに戦闘態勢(キレた状態)に入った。
世界を救うためではない。
冷蔵庫の中身を守るために。




