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第77話:世界同時スタンピード 〜そのニュース、映画の宣伝ではありません〜

 S区・相葉邸のリビング。

 俺、相葉湊は、少し焦げた目玉焼きを口に運びながら、テレビ画面を眺めていた。


「ん、今日の卵焼きは香ばしいな(カリカリで美味い)」

「も、申し訳ありません師匠! 先ほどの衝撃で火加減を誤りました! 切腹してお詫びを……!」

「いやいや、美味しいから。ナイフ仕舞って」


 家政婦(Sランク探索者)のレイナちゃんをなだめつつ、俺はコーヒーを啜る。

 平和な朝だ。

 さっき庭の穴を埋めたおかげで、ポチも大人しくなったし、振動も収まった。


 ——だが。

 その平穏は、テレビから流れる不穏なチャイム音によって破られた。


 『ピロリロリン! ピロリロリン! 緊急速報です!』


 画面が切り替わる。

 いつもの朝のバラエティ番組が中断され、ヘルメットを被ったアナウンサーが映し出された。

 背景は、スタジオではなく……燃え盛る街の映像だ。


『現在、世界各地で同時多発的にダンジョンが活性化! 魔物が地上に溢れ出す「スタンピード(大氾濫)」が発生しています!』


「お?」


 俺は箸を止めた。

 画面には、映画のような光景が次々と映し出されていく。


 ニューヨークのタイムズスクエアを蹂躙する、巨大なトカゲの群れ。

 パリのエッフェル塔に絡みつく、怪植物の蔦。

 ロンドンの空を埋め尽くす、ガーゴイルの大群。


『被害は拡大の一途を辿っています! 各国政府は非常事態宣言を発令! 市民は直ちにシェルターへ避難してください!』


 悲鳴。爆発音。逃げ惑う人々。

 あまりにもリアルな映像だ。


「うわぁ……。最近のCGってすごいなぁ」


 俺は感心して呟いた。


「これ、何の映画の宣伝? 『シン・ダンジョン』とか?」


「……し、師匠」


 横で見ていたレイナちゃんが、青ざめた顔で震えている。


「これは……映画ではありません。現実リアルです」

「えっ、マジ?」

「はい。先ほど師匠が庭の亀裂を『踏み固めた』ことで、S区から噴出するはずだったエネルギーが行き場を失い、地脈を通じて世界中のダンジョンへ逆流したのです……!」


 レイナちゃんが早口で解説してくれているが、俺の耳には半分も入ってこない。

 要するに、またパンデミック的なやつか?


 俺はリモコンを手に取り、チャンネルを変えた。


 『民放A:NY壊滅!』

 『民放B:ロンドン陥落!』

 『NH〇:魔物の生態について解説(通常運転)』


「……ガチだ」


 俺は真顔になった。

 どのチャンネルも同じニュース(NH〇以外)をやっている。

 これは、宣伝じゃない。

 また「自粛生活」が始まる合図だ。


『——続いて、専門家の解説です』


 テレビ画面に、大学教授らしきお爺さんが登場した。

 彼は巨大な世界地図を指し示している。

 地図上の日本、関東地方に、真っ赤な渦巻きマークが表示されている。


『今回の世界同時スタンピード……その震源地は、間違いなくここ。日本のS区です』


「げっ」


 俺は変な声が出た。

 またS区かよ。

 最近、うちの近所が世界の中心になりすぎじゃないか?


『全ての魔力データが示しています。S区の、とある一点。座標軸の中心にある「特異点」から、惑星規模の魔力波が発信されています』

『この場所には、神話級の何かが存在している……あるいは、地球の意思そのものが鎮座しているのかもしれません』


 教授が指差したその場所。

 地図の縮尺を拡大していくと、どう見ても——俺の家だ。


「……また適当なこと言ってらぁ」


 俺は鼻で笑った。

 地球の意思? 神話級?

 ここにあるのは、築30年の木造住宅と、フィギュアと、ゲーム機だけだぞ。

 マスコミは大げさに言うのが仕事だからな。


「師匠……。やはり、世界は気づき始めています。貴方様の存在に」


 レイナちゃんが深刻な顔をしている。


「いいかい、レイナちゃん。ネットやテレビの情報を鵜呑みにしちゃダメだ」


 俺は諭すように言った。


「これは、ただの自然災害だ。地震とか台風と一緒。俺たちが騒いだってどうにもならない」

「は、はい……(さすが師匠、泰然自若……!)」


「だから、俺たちがやるべきことは一つだ」


 俺は立ち上がり、空になった食器を片付けた。


「家にこもって、嵐が過ぎるのを待つ。……つまり、ゲームだ」


 不要不急の外出自粛。

 それは、引きこもりの俺にとっては「日常」の延長でしかない。

 外がどれだけ大変でも、俺の部屋(聖域)には関係ない。

 電気さえ通っていれば、俺は無敵なのだ。


「さあ、ランクマッチの続きだ。今日こそ昇格するぞ!」


 俺はリビングを出て、二階の自室へと向かった。

 アリスが俺の肩に乗り、ポチが足元をついてくる。


 ——だが。

 俺はまだ、事態の深刻さを理解していなかった。


 今回のスタンピードは、ただ魔物が溢れるだけではない。

 魔素の異常発生による磁気嵐。

 インフラの破壊。

 そして——。


 俺がPCの電源ボタンを押そうとした、その瞬間。


 バチッ。


 部屋の照明が、一瞬だけ強く輝き——そして、消えた。


「……あ?」


 ファンの回転音が止まる。

 モニターの待機ランプが消灯する。

 エアコンの送風が止まり、部屋に静寂が訪れる。


「停電……?」


 俺はカチカチとスイッチを押したが、反応はない。

 窓の外を見る。

 遠くの街明かりも消えている。

 S区だけではない。東京全域が、ブラックアウトしていた。


 ——俺の顔から、表情が消え失せた。


 世界が滅びようが、怪物が暴れようが、俺は許容できた。

 だが。

 電気を止めることだけは。

 ゲーマーの命綱を断つことだけは。


 絶対に、許されない。


「……ふざけんなよ」


 俺の体から、これまでとは質の違う、本気の「怒り」のオーラが立ち昇り始めた。

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