第75話:『【悲報】世界、終わるかも』 〜その汚れ、拭き取ります〜
世界同時多発地震から数十分後。
インターネット上は、かつてないパニックと、諦めの空気に包まれていた。
【緊急】世界終了のお知らせ Part150【スタンピード】
1:名無しの探索者
お前ら、生きてるか?
俺ん家の近く(大阪)のダンジョン、入り口からオークが溢れてきたぞ。
2:名無しの探索者
NYの映像見た?
自由の女神がドラゴンに折られたってマジ?
3:名無しの探索者
マジだ。
パリもロンドンも炎上中。
今回のスタンピード、規模が違いすぎる。人類滅亡コースだわこれ。
4:名無しの探索者
震源地は日本のS区らしいな。
あそこの空、真っ赤通り越してドス黒くなってるぞ。
5:名無しの探索者
[画像.jpg]
S区の遠景写真うpする。
これ見ろよ。地面からデカい「影」みたいなのが噴き出してる。
高さ数百メートルはあるぞ。
6:名無しの探索者
ヒェッ……。
これ、モンスターか?
形が定まってないけど、なんか人の手に見える……。
7:名無しの探索者
S区といえば……。
「あいつ」は何してるんだ?
8:名無しの探索者
「ジャージの悪魔」か。
あいつなら何とかしてくれるんじゃね?
デコピンでオーガ消すような奴だぞ。
9:名無しの探索者
いや、さすがに無理だろ。
相手は地球規模の災厄だぞ?
個人でどうこうできるレベルじゃない。
10:名無しの探索者
でも、あいつしかいなくね?
Sランク探索者たちが束になっても勝てない相手だぞ。
最後の希望は、あの不審者(紙袋)だけだ。
11:名無しの探索者
頼む……!
起きてくれジャージマン!
今頃、呑気にゲームとかしてないでくれよ!
……ネット民の祈りは切実だった。
だが、彼らの予想 (ゲームしている)は半分当たりで、半分外れだった。
湊はゲームをやめていた。
ただし、世界を救うためではなく——「家の掃除」をするために。
◇ ◇ ◇
——S区・相葉邸、二階。
「……あーあ」
俺、相葉湊は、ため息をつきながらバケツに水を汲んでいた。
手には、使い古した雑巾。
「せっかくの休みなのに、なんで窓拭きしなきゃいけないんだ」
ブツブツ文句を言いながら、部屋に戻る。
窓の外を見る。
そこには、地獄絵図が広がっていた。
庭の巨大な亀裂から噴き出した「黒い泥」が、柱のように天へ昇っている。
そして、その一部が巨大な「腕」の形をとり、我が家のベランダに手をかけていたのだ。
ミシッ、ミシシッ……。
家の柱が軋む音。
黒い指先(直径1メートルくらい)が、窓ガラスにベッタリと張り付いている。
粘液のような泥が、ガラスを汚していく。
「うわ、汚なっ」
俺は顔をしかめた。
あれはなんだ?
泥のお化けか?
最近のS区は、スライムが巨大化したり、ナメクジが出たりと衛生環境が悪い。
「こらー! 人んちの窓に泥つけるな!」
俺は窓の鍵を開けた。
普通なら、未知の怪物に窓を開けるなんて自殺行為だ。
だが、今の俺の頭の中は「ガラスの汚れが乾く前に拭き取らなきゃ」という強迫観念で一杯だった。
ガラララッ!!
窓を勢いよく開け放つ。
ムワッとした腐臭と熱気が吹き込んでくる。
『……オ……オオ……』
目の前で、黒い腕が蠢いた。
その指先が、俺の方へと伸びてくる。
触れれば即死、魂ごと腐り落ちる呪いの泥。
——だが。
「……触んな」
俺は、手に持っていた雑巾を振るった。
ビシッ!
乾いた音がして、雑巾が黒い指先をはたいた。
パァンッ!!
ただの雑巾がけの動作。
しかし、俺のステータス(筋力カンスト)が乗ったその一撃は、物理的な衝撃波を生んだ。
ボシュッ!!
黒い指先が、弾け飛んだ。
霧散した泥が、俺の顔にかかりそうになるのを、手で払う。
「ペッ、ペッ。埃っぽいなぁ!」
俺は顔をしかめ、雑巾で窓枠をゴシゴシと拭いた。
「いいか? ここは俺の家だ。泥足で上がり込むなら、警察呼ぶぞ?」
俺は、亀裂の奥にいるであろう「本体」に向かって凄んだ。
『!?』
黒い泥が、一瞬固まった気がした。
恐怖? 困惑?
そんな空気が伝わってくる。
「分かったら、さっさと帰って足を洗ってこい!」
俺はもう一度、雑巾を振った。
シッシッ、と追い払うジェスチャー。
すると。
ベランダにかかっていた巨大な腕が、ズルズルと後退していった。
まるで、怒られた子供がすごすごと引き下がるように。
「……ふん。分かればいいんだ」
俺は鼻を鳴らし、窓を閉めようとした。
——その時。
庭の下から、レイナちゃんの叫び声が聞こえた。
「し、師匠ーッ!!」
見下ろすと、レイナちゃんがアリスを抱きかかえ、ポチの背中に乗って庭を逃げ回っていた。
彼女たちの周りを、無数の小さな泥人形(眷属)が取り囲んでいる。
「あ、レイナちゃん! 庭仕事中ごめんね!」
俺は二階から声をかけた。
「なんか泥棒……じゃなくて、泥の塊みたいなのが出たから追い払っといたよ! そっちも気をつけて!」
「えっ!? お、追い払った……!? 『終焉の王』の腕を……!?」
レイナちゃんが絶句してこちらを見上げている。
相変わらずオーバーリアクションだなぁ。
「じゃ、俺は戻ってゲームするから! あ、晩ごはんは泥のついた野菜とか使わないでね!」
俺は言い残し、窓をピシャリと閉めた。
鍵をかける。
カーテンも閉める。
「ふぅ。やれやれだ」
俺は雑巾をバケツに戻し、PCデスクへと戻った。
モニターには『GAME OVER』の文字。
放置していたせいで負けてしまったらしい。
「くそっ、あの泥野郎のせいで……! ランクが下がったじゃないか!」
俺は悔しがった。
世界を滅ぼす魔王を素手(雑巾)で撃退したことよりも、ゲームの敗北の方が、俺にとっては重大事だったのだ。
◇ ◇ ◇
——外の世界。
世界中の観測モニターから、S区のエネルギー反応が一瞬だけ消失した。
「……消えた?」
「あの巨大な腕が、引っ込んだぞ!」
「何が起きたんだ!?」
各国首脳がざわめく中、衛星映像の解析班が震える声で報告した。
「映像解析……。相葉湊氏が、窓から身を乗り出し、対象を……『雑巾掛け』しました」
「……は?」
「その一撃で、王の腕の一部が物理的に消滅。王は恐怖を感じて後退した模様です」
沈黙。
誰かがポツリと呟いた。
「……彼は、世界の終わりを『汚れ』として処理したのか」
人類は悟った。
あの家に住む男にとって、神話級の災厄など、窓ガラスについた指紋程度の存在なのだと。
——だが。
王は死んでいない。
一度退いたのは、恐怖したからではない。
より強大な力を蓄え、「本気」で挑むためだ。
ゴゴゴゴゴゴ……!!
再び、大地が揺れ始める。
今度は、先ほどとは桁違いの振動。
S区の地下深くで、終焉の王が「真の姿」を現そうとしていた。
それは、湊の家を根底から覆す、物理的な破壊の始まり。
そして、湊の本当の「逆鱗」——ライフラインの完全停止へと繋がる序章だった。




