第74話:世界同時多発地震 〜揺れる地球より、揺れるフィギュア〜
S区・相葉邸のリビング。
平和な朝食の時間は、無機質な警報音によって粉砕された。
『緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください』
『震源地は、東京、S区……』
テレビ画面の中で、アナウンサーが声を張り上げている。
その背後に映し出された世界地図は、まるで血を浴びたように真っ赤に染まっていた。
「……えっ、マジで?」
俺、相葉湊は、トーストをかじったままテレビを凝視した。
映画のワンシーンではない。
現実に、世界中の都市で煙が上がり、避難する人々の映像が流れている。
「これ、ガチのやつじゃん」
俺は他人事のように呟いた。
S区は元々魔境だが、まさか世界中が同時にこうなるとは。
「師匠! 悠長なことを言っている場合ではありません!」
銀条レイナちゃんが、血相を変えて叫んだ。
「震源地は『ここ』です! この家の下から、地球規模の魔力波が拡散されています! すぐに防御結界を——」
彼女が言いかけた、その瞬間。
ズドォォォォォォォォンッ!!!!
下から突き上げるような衝撃が、家を襲った。
「うおっ!?」
俺は体勢を崩しそうになった。
縦揺れだ。しかもデカい。
震度5強、いや6弱はあるかもしれない。
ガシャン! バリン!
食器棚の中で皿が踊り、積み上げていたゲームソフトが崩れ落ちる。
「きゃあッ!」
レイナちゃんが悲鳴を上げ、テーブルの下に潜ろうとする。
正しい避難行動だ。
だが、俺の目は別の場所を捉えていた。
リビングの飾り棚。
そこには、俺の心の支えである『聖女アリス(限定版フィギュア)』が飾られている。
激しい揺れで、彼女の台座がズレ、棚の端へと滑っていくのがスローモーションで見えた。
「アリスッ!!」
俺は叫んだ。
あれは完全受注生産品だ。
二度と手に入らない。
もし落ちて、美しい髪の毛のパーツが折れたりしたら? 塗装が欠けたら?
——俺の心も砕け散る。
「させるかぁぁぁぁッ!!」
俺は、揺れる床を蹴った。
地震の揺れになど構っていられない。
俺は床を滑るようにスライディングし、棚の下へと飛び込んだ。
カタン。
アリスが棚から落ちる。
宙を舞う聖女。
俺は両手を伸ばし、まるで赤子を受け止めるように、優しく、柔らかくキャッチした。
スタッ。
俺の手のひらに、アリスが収まる。
傷一つない。
「……セーフ」
俺は安堵の息を吐いた。
心臓が止まるかと思った。
自分の命より大事なものを守り抜いた達成感。
ふと見ると、俺の手の中でアリス(自律モード)が、驚いたように目を丸くし、それから頬を染めて、俺の親指にギュッと抱きついてきた。
怖かったんだな。よしよし。
「師匠……!」
テーブルの下から、レイナちゃんが顔を出していた。
その瞳は、またしても感動で潤んでいる。
「ご自身の身よりも先に、小さき眷属を……! 激震の中で、あれほど美しいスライディングキャッチを決めるとは……!」
「(いや、高いから……)」
俺は苦笑いしながら立ち上がった。
揺れは、徐々に収まりつつある。
「ふぅ。とりあえず落ち着いたかな」
俺はアリスをポケット(安全地帯)に入れ、窓の外を見た。
ポチはどうしているだろうか。
窓ガラス越しに見る庭。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
「……は?」
俺は目を疑った。
庭の真ん中。
ポチが守っていた場所。
そこが、パックリと割れていた。
ただの地割れではない。
庭を二分するほどの巨大な亀裂。
そこから、赤黒い蒸気のようなものが噴き出し、空をどす黒く染め上げている。
『オォォォォォォォン……』
風の音?
いや、違う。
地の底から響く、数億の亡者の呻き声のような重低音。
「……おいおい、マジかよ」
俺は顔を引きつらせた。
「庭が……俺の庭が……」
芝生がめちゃくちゃだ。
せっかくこの前、ポチが掘った穴を埋めたばかりなのに。
これ、業者呼ばないと直せないレベルじゃないか?




