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第64話:決戦の地:湊の家の庭(再) 〜その暖房、核熱につき〜

 S区・相葉邸のリビング。

 時刻は深夜。外は不気味な静寂に包まれていたが、俺の部屋だけは熱気に包まれていた。


「GO! GO! Jack! Nice shot!」


 俺、相葉湊は、PCに向かって叫んでいた。

 画面の中では、俺のアバターと、フレンドになったばかりのジャックさんのアバターが、戦場を駆け巡っている。


 ボイスチャットから、ジャックさんの興奮した声が聞こえる。


『Hahaha! Good cover, Master! This looks like real war!(ハハハ! ナイスカバーだ師匠! まるで本物の戦争だな!)』


「イエース! リアル・ウォー!」


 俺は適当な英語で返した。

 さすが世界最強のゲーマー

 ジャックさんのプレイスタイルは、ロケットランチャーを乱射しながら突撃するという、まさに「爆撃王」の名にふさわしい豪快なものだった。


「ふぅ……。それにしても」


 俺は額の汗を拭った。


「なんか、部屋が暑くないか?」


 エアコンは効いているはずなのに、体がポカポカする。

 というか、熱い。

 原因は分かっている。


 俺は、テレビの横に置いた「お土産」を見た。

 ジャックさんがくれた、赤黒く輝く宝石——『火龍の心臓ドラゴン・ハート』だ。


 それが今、ドクン、ドクンと脈打ちながら、部屋中に強烈な熱気を放射している。


「すごいなこれ。インテリア兼、暖房器具なのか?」


 俺は手をかざしてみた。

 焚き火のような温かさだ。

 冬場なら重宝しそうだが、今は初夏だ。ちょっと季節外れじゃないか?


「ま、冷え性は万病の元って言うしな。健康グッズだと思えばいいか」


 俺はポジティブに解釈した。

 まさかその熱が、半径数キロを焦土に変えるほどの魔力が漏れ出している余波だとは知らずに。

 そして、その魔力が家の結界に吸収され、我が家を「対・終焉要塞」へと強化していることにも気づかずに。


 ◇ ◇ ◇


 ——一方、外の世界。

 S区の境界線、封鎖ゲート前。


 そこには、異様な緊張感が漂っていた。

 日本政府の特殊部隊、ギルドの精鋭、そしてアメリカ軍の観測班。

 彼らは全員、固唾を飲んでモニターを見つめていた。


「……数値が、上がり続けています」


 観測員の声が震える。


「S区中心部、相葉邸からの魔力反応……計測不能エラー。推定温度、摂氏3,000度オーバー」


「なんだと!? 家が溶けていないのか!?」


 現場指揮官が叫ぶ。

 普通の建物なら、瞬時に蒸発する熱量だ。


「いえ、熱エネルギーは全て『結界』の維持に回されています! あの家は今、核シェルターなど比較にならないほどの強度を持った要塞と化しています!」


「中にいる『彼』が……やっているのか?」


 指揮官は、闇の中に佇む一軒家を畏怖の眼差しで見つめた。

 相葉湊。

 彼は知っているのだ。

 今まさに、地下から這い上がろうとしている「敵」の存在を。

 そのために、自宅を要塞化して迎撃態勢を整えているのだ。


「……来るぞ!!」


 誰かが叫んだ。

 

 ズズズズズズズッ……!!


 地面が波打つ。

 S区の廃墟全体が、生き物のようにうごめき始めた。

 アスファルトが裂け、マンホールが吹き飛び、そこから漆黒の泥が噴出する。


 『……オ……オオオ……』


 地獄の底から響く呻き声。

 泥は形を変え、人型をとる。

 一体ではない。十体、百体、千体……。


 【深淵の泥人形アビス・ドール

 推定ランク:A。


 かつて大国を滅ぼしたとされる魔の軍勢が、湊の家の庭先から湧き出したのだ。


「総員、構えッ!! ここを突破されたら東京が終わるぞ!!」


 指揮官が絶叫する。

 だが、泥人形たちは封鎖ゲートの方へは向かわなかった。

 彼らの狙いはただ一つ。

 自分たちの王を拒絶した、あの忌々しい「家」だ。


 『……壊セ……』

 『……障壁ヲ……砕ケ……』


 数千の泥人形が、相葉邸に向かって殺到する。

 それはまるで、黒い津波のようだった。


 ◇ ◇ ◇


 S区・相葉邸の庭。


 グルルルル……ッ!!


 ポチ(ケルベロス)は、三つの首を揃えて咆哮した。

 庭を埋め尽くす黒い軍勢。

 普段なら恐れるに足りない雑魚だが、数が多すぎる。

 しかも、みなとは今、ゲームに集中している。


『ワフッ!(ボクが守る!)』


 ポチは巨大化し、地獄の業火を吐き出した。

 

 ゴォォォォォッ!!


 前衛の泥人形が数百体、一瞬で灰になる。

 だが、後続がそれを踏み越えて迫ってくる。

 キリがない。


 さらに、庭の植物たちも応戦する。

 ニードルグラスが棘を飛ばし、人食い柳が枝を振るう。

 S区の庭が、文字通り「戦場」と化した。


 ドガァァァン! バキィィッ! ズシャァァ!


 爆音。衝撃音。断末魔。

 家の外では、神話戦争レベルの激闘が繰り広げられていた。


 ——しかし。

 家の中、遮音カーテンと防音壁、そしてノイズキャンセリングヘッドホンに守られた湊には、その音は届かない。


「ん? なんか外、光ってないか?」


 湊は、モニターの端に映り込んだ窓の明滅(ポチの炎ブレス)に気づいた。


「……雷かな?」


 ヘッドホンをずらして耳を澄ます。

 ゴロゴロ……という重低音(泥人形の足音)。


「やっぱり雷だ。通り雨かな」


 湊は納得した。

 アリスちゃんが、窓際でオモチャの剣を構えて震えている。

 雷が怖いのだろうか。


「大丈夫だよアリス。うちは避雷針もあるし、停電しても自家発電(魔力供給)があるから」


 湊は優しく声をかけ、再びゲームに戻った。


「おっ、ジャックさんがピンチだ! 援護するぞ!」


 キーボードを叩く音だけが、部屋に響く。

 

 窓ガラス一枚隔てた向こう側で、ポチが泥人形の腕に噛みつき、投げ飛ばしているその瞬間も。

 湊は「ヘッドショット!」と叫んで喜んでいた。


 だが、限界は近づいていた。

 泥人形たちが折り重なり、梯子はしごのように積み上がっていく。

 その魔の手が、ついに二階の窓——湊のいる部屋に届こうとしていた。


 『……ミツケタ……』


 泥人形の一体が、窓ガラスにへばりつく。

 その顔のない頭部が、部屋の中の湊を覗き込んだ。


 その時。

 湊がふと、顔を上げた。


「……あ」


 目が合った(ような気がした)。


「うわっ、デッカいナメクジ!」


 湊の第一声は、それだった。

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