第62話:湊、新しいゲームを楽しむ 〜家の周りが観光地化している件〜
S区・相葉邸のリビング。
窓の外で「世界の終わり(終焉の王)」を雑巾掛けのついでに追い払った俺、相葉湊は、PCの前で姿勢を正していた。
「よし。邪魔者もいなくなったし、気を取り直して……」
俺はマウスを握りしめた。
画面には、昨日インストールしたばかりのFPSゲーム『地獄の戦場』のDLCタイトル画面が表示されている。
【NEW MAP: PURGATORY(煉獄)】
【MATCH START】
「行くぞオラァ! 新マップ探索だ!」
カチッ。
マッチング開始。
俺の意識は、瞬時にS区からデジタルの戦場へとダイブした。
ダダダダッ! ドォォン!
「うひょー! グラフィック綺麗すぎ! 溶岩の表現とか実写かよ!」
俺は歓声を上げた。
ヘッドホンから流れる重厚な銃声と爆発音。
現実のS区で起きている地鳴りや爆音より、こっちの方がよっぽど臨場感がある。
「おっ、右から足音! そこだ!」
バキュン!
ヘッドショット。敵プレイヤーが倒れる。
「ふふふ……。昨日のジャックさんとの『リアルごっこ遊び(掃除機バトル)』で身体が温まってるからな。エイムが冴え渡ってるぜ」
俺は無双状態だった。
北米サーバーの猛者たちが、俺のアバター(星条旗スキン)を見るだけで逃げ出していく。
ゲームって、本当に楽しいなぁ。
◇ ◇ ◇
数時間後。
俺はトイレ休憩のためにヘッドホンを外した。
「ふぅ……。目が疲れた」
伸びをしながら、ふと窓の外を見る。
フェンスで囲まれたS区の境界線付近が、なんだか騒がしい。
バラバラバラバラ……。
上空を、数機のヘリコプターが旋回している。
報道ヘリだろうか?
さらに、フェンスの外には、望遠レンズを構えた人々や、迷彩服を着た外国人っぽい集団がうろうろしているのが見えた。
「……なんだあれ?」
俺は冷蔵庫からコーラを取り出し、飲みながら観察した。
「すごい人だかりだ。フェスでもやってるのか?」
よく見ると、欧米系のガタイのいい人たちが多い。
みんな深刻な顔で、何やら計器のようなものを俺の家の方に向けている。
(あ、そうか)
俺は合点がいった。
「観光客か!」
最近、円安だってニュースでやってたしな。
海外からのインバウンド需要ってやつだ。
S区の廃墟は、海外のマニアには「東洋の神秘的なルイン(遺跡)」として人気があるのかもしれない。
昨日の「サンダル山崩し」で地形が変わったから、新しい観光スポットになったのだろう。
「へぇー。経済効果すごいな」
俺は感心した。
まあ、俺の敷地(結界内)に入ってこないなら、いくら観光してくれても構わない。
賑やかなのは良いことだ。
「……ん? ポチ?」
視線を下に落とすと、庭の真ん中でポチが変な動きをしていた。
地面の亀裂(さっき黒い巨人が出た穴)の上に覆いかぶさり、何かを必死にモグモグしている。
「あいつ、また拾い食いしてるのか?」
俺は窓を開けた。
「コラ、ポチ! 何食べてるんだ! 出しなさい!」
俺が声をかけると、ポチはビクッとしてこちらを振り向いた。
口の端から、どす黒い煙のようなものが漏れている。
『ウッ……(ゲップ)』
ポチは慌てて口を閉じ、尻尾を振って誤魔化した。
——実際には。
地下から漏れ出そうとする「終焉の瘴気」を、ポチが直接吸い込んで(食べて)浄化していたのだ。
主の庭を汚さないために。
「もう……。お腹壊しても知らないぞ」
俺は呆れて窓を閉めた。
最近、ポチの食欲が旺盛すぎる。
成長期なのかな。
◇ ◇ ◇
——フェンスの外、S区境界線。
「Energy rising... The epicenter is definitely that house.(エネルギー上昇……震源地は間違いなくあの家だ)」
アメリカ軍・特殊魔導部隊の隊長が、測定器を見ながら呟いた。
彼らは観光客ではない。
「世界の終わり」を観測しに来た、各国のエージェントたちだ。
「信じられん……。あの黒い犬、Sランク級の瘴気を『食べて』いるぞ」
「家の中にいる男……あれが『特異点』か。コーラを飲みながら我々を見下ろしていたが……」
隊員たちは冷や汗を流していた。
遠目に見えたジャージの男。
彼と目が合った瞬間、数キロ離れているにも関わらず、心臓を鷲掴みにされるようなプレッシャーを感じたのだ。
「監視を続けろ。決して刺激するな。……ジャック・バーン氏が到着するまでは」
世界中が、S区の一挙手一投足に注目していた。
そんな中。
ピンポーン。
湊の家のチャイムが鳴った。
「お? 誰だ?」
湊はPCの前から立ち上がった。
モニターには、見知らぬ男が映っている。
外国人だ。金髪で、サングラスをかけている。
手には、派手な紙袋(お土産?)。
「……観光客が道に迷ったのかな?」
湊は首を傾げながら、翻訳アプリを起動して玄関に向かった。
まさかそれが、アメリカから再び飛んできた「爆撃王」の付き人だとは知らずに。
「ハロー? ドゥー・ユー・ニード・ヘルプ?」
湊はドアを開けた。
またしても、言葉の通じない(認識のズレた)国際交流が始まろうとしていた。




