第55話:DLC解禁 〜黒船はジェット機に乗って〜
S区・相葉邸、深夜。
世界中が「紙袋の男」の動画で大騒ぎになっている最中、当の本人はヘッドホンを装着し、ディスプレイの前で目を輝かせていた。
【『地獄の戦場』へようこそ】
重厚なファンファーレと共に、タイトル画面が表示される。
「きたぁぁぁぁっ!!」
俺、相葉湊は、ガッツポーズを決めた。
これだ。このために俺は、恥を忍んで紙袋を被り、Sランクの熊を手懐けたのだ。
全てはこの瞬間のため。
「さっそく新マップ『煉獄の孤島』に潜るぞ!」
俺はマウスを握った。
Wi-Fiも、俺の魔力に呼応しているのか、Ping値1msという神回線を叩き出している。
「うひょー! ラグなし最高! ヘッドショットが決まる決まる!」
俺は戦場を駆け抜けた。
引きこもり生活で培った動体視力と反射神経が火を吹く。
画面の中の敵プレイヤーたちが、次々と倒れていく。
「ふふふ……。俺のエイム(照準)からは逃げられないぜ」
現実世界ではコミュ障だが、FPSの世界なら俺は英雄になれる。
深夜のテンションも相まって、俺は完全に自分の世界に入り込んでいた。
——その時。
デスクの上のスマホが震えた。
ブブブッ、ブブブッ。
「ん? 誰だ? レイナちゃんか?」
俺はゲームのマッチング待ちの間に、スマホを手に取った。
通話だ。
こんな時間に珍しい。
「もしもし? どうしたの、お肉(熊肉)腐ってた?」
『し、師匠! 緊急事態です! 大変なことになりました!』
スピーカーから、レイナちゃんの切羽詰まった声が響いた。
背後で、何やらサイレンの音や、怒号のようなものが聞こえる。
「え、なに? また変質者(全裸集団)が出たの?」
『違います! アメリカです! アメリカが動きました!』
「アメリカ?」
俺は首を傾げた。
話が壮大すぎてついていけない。
『先ほどの配信を見た、全米最強のSランク探索者、ジャック・バーン氏が……今、プライベートジェットで日本に向かっています!』
『目的地は羽田ではなく、直接S区へ降下するつもりだと!』
「へー。すごい行動力だね」
俺は感心した。
最近の海外のファンは熱心だなぁ。
わざわざ聖地巡礼に来るなんて。
『彼は、師匠の動画を「Fake(偽物)」だと断言し、激怒しています!』
『「俺が直接行って、化けの皮を剥いでやる」と……! つまり、決闘の申し込みです!』
「決闘……?」
俺は眉をひそめた。
物騒な単語が出てきたぞ。
だが、俺の視線はPC画面に戻っていた。
ちょうど、次のマッチングが始まったところだ。
画面には、海外サーバーの猛者たちの名前が並んでいる。
その中に、『USA_No1_Jack』というIDが見えた。
「……あ、なるほど」
俺の中で、点と点が繋がった。
(決闘って、ゲームの話か!)
ジャック・バーンというのは、有名なプロゲーマーかストリーマーなのだろう。
俺の配信を見て、「日本のゲーマーにしてはやるな。俺と勝負しろ」と挑戦してきたに違いない。
わざわざ日本に来るのは、サーバーのラグを無くして、公平な環境で対戦するため(LANパーティ的なやつ)だろう。
(熱いな……! eスポーツ魂ってやつか!)
俺はニヤリと笑った。
ゲームの勝負なら、受けて立たない理由はない。
むしろ、海外の強豪と戦えるなんて願ってもないチャンスだ。
「分かった。レイナちゃん、その人に伝えて」
俺は余裕たっぷりに言った。
「『いつでもいいよ。俺の庭で待ってる』って」
『ッ!? う、受けるのですか!? 相手は爆撃王ですよ!?』
「爆撃王? へぇ、グレネード使いか。面白そうじゃん」
爆発物主体のプレイスタイルか。厄介だが、対策はある。
「大丈夫大丈夫。手加減なしでボコボコにしてあげるから」
『……はっ! 承知いたしました!』
レイナちゃんの声が、感動で震えている。
『逃げも隠れもしない……。来るなら来いと……! さすが師匠、王者の風格です!』
『では、ジャック氏が到着次第、S区の庭へ誘導いたします!』
「うん、よろしくー」
俺は通話を切り、再びゲーム画面に向かった。
「よーし、肩慣らししとくか!」
俺はマウスをカチカチと鳴らした。
まさか、数時間後に「本物の爆撃(魔法)」が庭に降り注ぐことになるとは、夢にも思わずに。
◇ ◇ ◇
数時間後。
日本の領空。
音速で飛行するプライベートジェットの中で、ジャック・バーンは葉巻を噛み砕いていた。
「……Hmph. "Waiting in my garden"?(庭で待ってる、だと?)」
側近から伝えられた、湊の言葉。
ジャックのこめかみに青筋が浮かぶ。
「Don't underestimate me...!!(ナメやがって……!!)」
ジャックにとって、それは最大の挑発だった。
世界最強の自分を前にして、逃げるどころか「庭で待つ」という余裕。
それは、「お前ごとき、散歩のついでに相手をしてやる」と言われたも同然だ。
「Good. Very good.(いいだろう。上等だ)」
ジャックは立ち上がり、ハッチへと向かった。
着陸など待っていられない。
「パラシュートはいらない」
彼は側近を制止し、ハッチを開けた。
高度一万メートル。
強烈な風圧が機内に吹き込む。
「I'll turn his garden into a crater.(奴の庭ごと、クレーターに変えてやる)」
ジャックは獰猛に笑い、虚空へと身を投げ出した。
全身に真紅の魔力を纏い、流星のように日本列島へと落下していく。
目指すは東京、S区。
空から迫る「黒船」。
迎え撃つは、最新のFPSでキルレ(撃破率)を稼いでご機嫌な引きこもり。
日米頂上決戦。
そのゴングは、掃除機の排気音と共に鳴らされることになる。




