第54話:切り抜き動画、世界へ 〜NYの爆撃王、ブチ切れる〜
S区・相葉邸のリビング。
歴史的な配信を(勝手に)終了させた俺、相葉湊は、PCの前でガッツポーズを決めていた。
「よっしゃあああ!! 購入完了ッ!!」
画面に表示された『ダウンロードを開始します』の文字。
これだ。このために俺は、命がけ(?)で外に出たのだ。
「3,000円……長かった戦いも、これで終わりだ」
俺は感慨にふけった。
今回の配信での収益は、最終的に約380万円に達した。
手数料やレイナちゃんへの謝礼(折半)を引いても、100万円以上が手元に残る計算だ。
「レイナちゃん、これ半分送っとくね。場所代と機材費ってことで」
「えっ!? い、いりません! 私はただ、伝説の特等席にいただけですので!」
「いいからいいから。俺、そんなにあっても使い道ないし」
俺はスマホを操作し、レイナちゃんの口座へ送金手続きをした。
俺に必要なのは、DLC代と、当面のピザ代、コーラ代があれば十分だ。
足るを知る。それがニートの美学である。
「さーて、ダウンロードが終わるまでお風呂でも入ろうかな」
俺は鼻歌交じりに立ち上がった。
世界中が俺の話題で持ちきりになっていることなど、つゆ知らず。
◇ ◇ ◇
——インターネットの海。
配信終了からわずか数時間後。
『紙袋の男』の動画は、国境を越えて拡散されていた。
動画投稿サイト『D-Tube』。
世界急上昇ランキング1位。
【Title: Japanese Ninja? "Paper Bag Man" tames S-Rank Monster with bare hands!】
(タイトル:日本の忍者か? 紙袋男が素手でSランクモンスターを手懐ける!)
再生回数は、公開から三時間で1,000万回を突破。
コメント欄は多言語で埋め尽くされていた。
『OMG... Is this real?(なんてこった、これ本物か?)』
『CGI is amazing these days.(最近のCGはすげーな)』
『No, look at the shockwave. It's real physics.(いや、衝撃波を見ろ。あれは物理現象だ)』
『He treats Red Bear like a puppy lol(レッドベアを仔犬扱いしてて草)』
『PAPER BAG GOD(紙袋の神)』
特に、湊が熊の脳天を片手で掴んで「お座り」させたシーンは、GIF動画となってSNSで無限に拡散されていた。
日本のS区に、規格外の怪物が住んでいる。
その噂は、世界中のトップランカーたちの耳にも届き始めていた。
◇ ◇ ◇
アメリカ、ニューヨーク。
マンハッタンの超高層ビル、そのペントハウス。
豪奢なソファに、一人の男が座っていた。
金髪碧眼。
彫刻のように鍛え上げられた肉体。
手には最高級のバーボン。
ジャック・バーン(26歳)。
全米最強のSランク探索者にして、『爆撃王』の異名を持つ男である。
彼の魔法火力は、単独で軍隊一個師団に匹敵すると言われている。
「……Hey, Jack. これを見たか?」
側近が、タブレット端末を差し出した。
画面に映っているのは、例の「紙袋男」の動画だ。
ジャックは気だるげにグラスを揺らしながら、画面を一瞥した。
「……Hmph. What is this joke?(ふん、なんだこの冗談は)」
最初は、鼻で笑っていた。
だが、動画が進むにつれ——湊が熊の突進を片手で受け止め、強制的に土下座させた瞬間。
パリンッ!!
ジャックの手の中で、クリスタルグラスが粉々に砕け散った。
「……Bullshit」
ジャックが低く唸る。
側近がビクリと肩を震わせた。
「ジャ、ジャック?」
「Fakeだ。こんなもの、認められるわけがない」
ジャックは立ち上がった。
その全身から、真紅の魔力が陽炎のように立ち上る。
部屋の温度が一気に上昇する。
「俺は知っている。レッド・ベアの突進力がどれほどのものか。あれを『魔法障壁』なしで、純粋な『筋力』だけで止める? そんな人間がいてたまるか!」
ジャックはプライドの塊だ。
彼は己の強さに絶対の自信を持っている。
だからこそ、物理法則を無視したデタラメな強さを見せつける「紙袋男」の存在が、許せなかった。
「日本人は忍者が好きらしいが、演出が過剰だ。魔法を使った形跡もない。これは間違いなく、高度な映像トリックを使った売名行為だ」
ジャックは断定した。
そして、獰猛な笑みを浮かべる。
「面白い。俺が化けの皮を剥いでやる」
「え? まさか……」
「ジェットを用意しろ。日本へ行く」
ジャックは窓の外、東の空を睨みつけた。
「俺の魔法で、その紙袋ごと黒焦げにしてやる。偽物のメッキが剥がれる瞬間を、世界に見せてやろうじゃないか」
——黒船、来襲。
世界最強の攻撃力を持つ男が、湊を「ペテン師」と認定し、制裁を加えるために動き出したのだ。
◇ ◇ ◇
一方、日本のS区。
「ふぃ〜、さっぱりした」
風呂上がりの湊は、冷蔵庫からコーラを取り出していた。
ダウンロードは完了している。
あとは遊ぶだけだ。
「ん? なんか空耳か?」
湊はふと、窓の方を見た。
遠くの空から、何か面倒くさい気配(※ジャックの殺気)が近づいてきているような気がしたが……。
「ま、いっか。気のせい気のせい」
湊はプシュッとコーラを開けた。
平和だ。
明日からは、新しいゲームの世界に没頭できる。
「あ、そうだ。レイナちゃん、これ持って行って」
湊は、帰り支度をしていたレイナに、スーパーの袋を手渡した。
「え? これは……?」
「さっきの熊が落とした『肉』。ドロップ品」
あの時、熊を撫で回している間に、こっそりとドロップしていた高級肉(Sランク食材)だ。
湊の家には在庫がいっぱいあるので、お裾分けである。
「こ、こんな貴重なものを……! 家宝にします!」
「いや、食べてね? 腐っちゃうから」
レイナは感激の涙を流しながら、肉を抱きしめた。
彼女もまた、来るべき「日米頂上決戦」の立会人となることを、まだ知る由もなかった。
最強の引きこもり VS アメリカ最強の爆撃王。
決戦のゴングは、唐突に鳴らされることになる。




