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第5話:世界最強の『シッ!』

毎日 07:10、12:10、17:10、19:10 、21:10  に1話ずつ

5話投稿目指して頑張っていこうと思っているので

よろしくお願いします

「ふぅー……。落ち着け、俺」


 自室ダンジョンのコアルームに戻った俺は、ゲーミングチェアの上で深く息を吐いた。

 心臓が早鐘を打っている。

 モンスターと戦ったから?

 違う。


「……あー、びっくりした。人、いたなぁ」


 これだ。

 三年ぶりの「対人接触ニアミス」だ。

 引きこもりにとって、これほどのストレスイベントはない。


 俺は震える手でコーラの缶を握りしめ、一口流し込む。

 炭酸の刺激が、パニックになりかけた脳を強制的にクールダウンさせてくれる。


 少し落ち着いてくると、さっきの光景が脳裏に蘇ってきた。


 庭に倒れていた、銀髪のコスプレイヤーっぽい女性。

 そして、その前にいたデカい生き物。


「あれ、なんだったんだろ? 新種の野犬か?」


 二本足で立っていたし、棍棒みたいなの持ってたけど。

 まあ、最近のペット事情はよくわからないしな。猿と犬のハーフかもしれない。

 それにしても、しつけがなってない犬だった。

 人に向かって唾を飛ばしながら吠えるなんて。


「デコピンしたらすごい勢いで逃げてったけど……まあ、怪我がなくてよかったよ」


 俺は自分の人差し指を見る。

 ちょっと強く弾きすぎたかもしれない。

 動物虐待とかで訴えられたらどうしよう。

 いや、向こうが先に吠えてきたんだ。正当防衛だ。うん。


 それに、あの女性も無事そうだったし。

 俺が戻る時、口をパクパクさせて何か言いたそうにしていた。

 たぶん「助けてくれてありがとう」か「私のペットに何するのよ!」のどっちかだろうけど、関わると長くなりそうだから逃げて正解だ。


「……よし。忘れよう」


 俺は思考をリセットした。

 S区は田舎だから、たまには変な動物も出るし、迷い込むコスプレイヤーもいる。

 それだけの話だ。


 俺は視線をPCモニターに戻す。

 回線復旧を確認。

 ゲームのロビー画面には、『切断ペナルティ』の警告が出ていた。


「うわっ、ランク下がってる! 最悪だ!」


 俺は頭を抱えた。

 こっちの方がよっぽど大事件だ。

 あの野良犬のせいで、俺の積み上げたレートが溶けた。

 次に見かけたら、デコピンじゃ済まさない。ハエ叩きでお仕置きしてやる。


「取り返すぞ……! 今夜は徹夜だ!」


 俺はヘッドホンを装着し、再び電脳世界へとダイブした。

 窓の外で、世界を揺るがす大騒動が起き始めていることなど、これっぽっちも気づかずに。


 ◇ ◇ ◇


 一方、壁一枚隔てた外の世界——湊の家の庭。


「…………」


 銀条レイナは、まだ立ち上がれずにいた。

 腰が抜けているのではない。

 魂が震えているのだ。


 目の前には、扇状にえぐり取られた大地。

 その先には、更地になった森と、遥か彼方まで突き抜けた青空。


(……魔法? いいえ、魔力の予備動作チャージは一切なかった)


 レイナの脳内で、先程の光景がスロー再生される。

 あのジャージ姿の青年は、ただ面倒くさそうに指を弾いただけ。

 純粋な物理エネルギー。

 指先一つで生み出された衝撃波が、Sランクの怪物ギガント・オーガの装甲を紙切れのように引き裂き、原子レベルで消滅させたのだ。


(神の……御業みわざ……)


 それ以外の言葉が見つからなかった。

 日本のSランク探索者たち、いや、世界中のトップランカーを集めても、あんな芸当は不可能だ。


 レイナは、恐る恐る視線を横に向けた。

 そこには、古びた一軒家の「離れ」がある。

 さっき、青年が逃げ込むように入っていった場所だ。


 重厚な鉄の扉は固く閉ざされ、窓にはカーテンが引かれている。

 静寂。

 まるで、何事もなかったかのような静けさ。


 レイナは悟った。


(あの方は……『平穏』を愛しておられるのね)


 Sランクモンスターを「ハエ」か「蚊」程度にしか思わない、絶対的な強者。

 彼にとって、オーガの討伐など「ゴミ捨て」や「掃除」と同じ、日常の些事に過ぎないのだ。

 だからこそ、名乗ることもせず、見返りも求めず、去っていった。


(私が声をかけた時……あの方は迷惑そうに顔をしかめた)


 レイナの背筋が凍る。

 あれは、「俗世の人間ごときが、気安く話しかけるな」という無言の圧力(※コミュ障の挙動不審です)。

 もし、あそこで食い下がっていたら?

 私も、あのオーガのようにデコピン一つで——。


「っ……!」


 想像するだけで、心臓が止まりそうになる。

 けれど、同時にレイナの胸には、熱い感情が込み上げていた。


 こんな場所(地獄のS区)で、誰にも知られず、たった一人で世界との境界を守っている孤独な英雄。

 ボサボサの髪も、ヨレヨレのジャージも、全てが「世俗に囚われない賢者」の証に見えてくる。


「……ありがとうございます、名もなき神様」


 レイナは、閉ざされたドアに向かって、深く、深く頭を下げた。

 地面に額を擦り付ける、最敬礼。


「この御恩は、一生忘れません」


 しばらくそうしてから、レイナはようやく立ち上がった。

 足はまだ震えているが、目は力強い光を宿している。

 帰らなければ。

 そして、報告しなければならない。

 いや、報告していいのだろうか?

 あの方は隠遁生活を望んでいるはず。

 私が勝手に言いふらせば、彼の平穏を乱すことになるのでは?


「……あ」


 そこでレイナは、致命的な事実に気づいた。


 プゥゥゥゥン……。


 頭上で微かな駆動音がする。

 見上げれば、そこには彼女の相棒である自動追尾ドローンが、赤いランプを点滅させて浮かんでいた。


 『LIVE』


 その文字を見た瞬間、レイナの顔から血の気が引いた。


「う、嘘……配信、切り忘れてた……?」


 オーガに襲われた衝撃で、配信停止コマンドを打つのを忘れていた。

 ということは。

 今の「デコピン」の一部始終が。

 あの青年の顔が。

 全世界に、生中継されていたということ——!?


「——っ!!」


 レイナは慌てて手元の端末を操作し、配信を強制終了させた。

 画面がブラックアウトする。

 だが、もう遅い。

 最後に確認したコメント欄の流速は、もはや人間の動体視力で追えるレベルを超えていた。


『神降臨』

『日本の秘密兵器』

『S区の魔王』


 パンドラの箱は、開いてしまったのだ。


 レイナは青ざめた顔で、もう一度だけ「離れ」の方を振り返った。

 カーテンの隙間から、青白い光(ゲーミングPCの光)が漏れているのが、どこか神々しく見えた。


(……謝りに行かなきゃ。手土産を持って、全力で謝罪しに行かなきゃ……!)


 そう決意し、レイナはボロボロの体を引きずって、S区を後にした。

 

 これが、後に世界中を巻き込むことになる「ジャージの神様」伝説の、静かなる幕開けだった。

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― 新着の感想 ―
こんばんは。 >世界「日本の秘密兵器すげー!」 日本政府「何それ…?知らん…怖ぁ……」←こうですね分かりますww
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