第46話:ニュース:悪徳ギルド壊滅 〜全裸の集団幻覚〜
チュン、チュン……。
激動の一夜が明け、S区に爽やかな朝が訪れた。
俺、相葉湊は、リビングのソファで優雅な朝食を楽しんでいた。
「ん〜、やっぱり世界樹の小麦で作ったパンは美味いな」
サクッ。
トースターで焼いた食パンをかじる。
香ばしい匂いと共に、生命力が体に染み渡るようだ。
ジャムは、庭で採れた『太陽のイチゴ(魔力回復効果あり)』の手作りだ。
足元では、ポチが尻尾を振りながらドッグフード(ドラゴンの干し肉)を食べている。
フィギュアのアリスちゃんは、テーブルの上で俺にコーヒーを淹れてくれている。
平和だ。
昨夜の騒動が嘘のようだ。
「さて、ニュースでも見るか」
俺はリモコンを手に取り、テレビをつけた。
社会情勢を知るのも、自宅警備員の務めである。
画面が切り替わる。
朝の情報番組だ。
だが、いつもなら笑顔のアナウンサーが、今日は神妙な顔をして原稿を読んでいた。
『——次は、昨夜未明に入った速報です』
画面右上のテロップには、デカデカと赤字でこう書かれている。
【S区にて怪事! 指名手配中の悪徳ギルド、一斉検挙】
「お?」
S区? うちの近所じゃないか。
俺はトーストをかじる手を止めた。
『昨夜未明、東京都S区の廃墟エリアにて、裏社会で悪名を轟かせていた武闘派ギルド『蛇の牙』の構成員、計53名が一斉に確保されました』
画面には、警察の護送車に詰め込まれていく男たちの映像が流れる。
だが、その光景はあまりにも異様だった。
男たちは全員、全裸(パンツ一丁)だったのだ。
しかも、暴れるでもなく、抵抗するでもなく、穏やかな仏のような顔で、自ら手錠をかけられに行っている。
『確保された際、彼らは全員が極度のトランス状態、あるいは集団催眠にかかっていたと見られ……』
アナウンサーが言い淀む。
『口々に「塩が……」「光が……」「野菜を育てたい」などと意味不明な供述を繰り返しており、警察は薬物の使用も視野に入れて捜査を進めています』
カメラが、リーダー格の男(木戸)の顔をアップにする。
そのツルツルの肌は朝日に輝き、目にはキラキラとした涙が浮かんでいた。
『アナウンサーさん……世界は、美しいですね……』
マイクに向けられたその言葉に、お茶の間が凍りつくのが分かった。
「うわぁ……」
俺はドン引きした。
これ、昨日の人たちだ。
やっぱり、新手の薬物パーティか何かだったのか。
全裸で集まって幻覚を見るなんて、世も末だな。
「怖い怖い。S区も物騒になったもんだ」
俺はブルっと震えた。
あんな危険な人たちが庭に侵入してきてたなんて。
塩を撒いて追い返して正解だった。関わっていたら、俺もあんな風に洗脳されていたかもしれない。
「戸締まり、もっと厳重にしないとな」
俺はアリスに向かって言った。
アリスは、テレビ画面の全裸男たちを見て「汚らわしい」とばかりにプイッと顔を背けた。
教育に悪いニュースだ。
◇ ◇ ◇
一方、港区のタワーマンション。
銀条レイナもまた、同じニュースを見ていた。
だが、彼女の反応は湊とは正反対だった。
「……さすがです、師匠」
レイナは、画面の中の木戸たちの顔を見て、感嘆のため息を漏らした。
彼女は知っている。
『蛇の牙』がいかに凶悪で、残忍な集団だったかを。
本来なら、死刑になってもおかしくない悪党たちだ。
それが、どうだ。
今の彼らの顔には、邪念が微塵もない。
まるで、生まれたての赤子のように純粋だ。
(殺すことは、簡単だったはず)
あの方の力があれば、彼らを灰にすることは造作もない。
だが、あの方はそれを選ばなかった。
(『塩』……。古来より、清めの儀式に使われる聖なる触媒)
レイナの脳裏に、昨夜の光景が浮かぶ。
あの方は、彼らを物理的に排除するのではなく、その汚れた魂を「浄化」し、罪を悔い改めさせる道を選んだのだ。
「兵を血で汚さず、心を折って善導する……。これこそが、真の王者の振る舞い」
武力による制圧など、下策中の下策。
あの方は、塩一掴みで、悪の組織を解散させ、さらには更生までさせてしまった。
「慈悲深い……。なんて慈悲深いお方なの……!」
レイナはテレビに向かって手を合わせた。
ニュースキャスターが「集団幻覚か?」と報じているが、愚かなマスコミには真実は理解できまい。
これは奇跡なのだ。
「私も、もっと精進しなければ。師匠の領域には、まだ程遠いわ」
レイナは、昨日から磨き続けている「焦げたゴムサンダル(聖遺物)」を祭壇に安置し、朝の祈りを捧げた。
◇ ◇ ◇
さらに別の場所——内閣府、対ダンジョン危機管理室。
ここでもまた、別のどよめきが起きていた。
「おい、見たか今のニュース」
「ああ。『蛇の牙』が壊滅した。……たった一晩で」
スーツ姿の男たちが、深刻な顔で話し合っている。
彼らの手元には、警察から回ってきた現場検証のレポートがあった。
【押収品リスト】
・Sランク魔剣の残骸(粉砕)
・呪いの装身具の破片(浄化済み)
・構成員の精神状態:極めて良好(賢者モード)
「……物理的な戦闘痕跡は、ほぼ皆無だそうです」
室長の男が、重々しく告げた。
「現場は、例のS区の特異点——相葉邸の庭先。侵入者は、玄関にたどり着く前に、何らかの『未知の力』によって無力化され、洗脳された」
室内の空気が凍る。
殺すよりも難しい、「無力化」と「精神干渉」。
それを、五十人相手に同時に行ったというのか。
「……やはり、あの家の主は、人類の規格を外れている」
室長は決断した。
「干渉は危険だ。敵に回せば、日本政府そのものが『浄化』されかねない」
「直ちに、あそこを『不可侵領域』に指定する準備を進めろ」
「はっ!」
——こうして。
湊が「変な人が来たから塩まいとこ」と軽く行った害虫駆除が、国を動かす重大事案へと発展してしまった。
当の湊はというと。
「さて、今日は何のゲームしようかな」
平和な朝食を終え、呑気にコントローラーを握っていた。
だが、彼にはまだ一つ、解決していない問題があった。
【DLC『地獄の戦場』:3,000円】
【残高不足により購入できません】
「……あ」
湊の動きが止まる。
そうだった。
ピザは魔石で買えたが、ダウンロードコンテンツは現金(電子マネー)じゃないと買えないんだった。
「金が……ない……」
世界最強の男が、たった3,000円のために頭を抱える。
その悩みが、次なる伝説——「配信デビュー」への引き金となるのだった。




