第45話:浄化と通報 〜全裸の賢者たちと、届いたピザ〜
ウゥゥゥゥゥゥゥン!!
ファンファンファンファン!!
S区の静寂を切り裂く、けたたましいサイレンの音。
赤色灯が廃墟の壁を毒々しく照らし出す。
到着したのは、探索者協会直属の治安維持部隊——通称『ギルド・ポリス』だ。
S区からの「変質者集団出現」という通報を受け、重武装のパトカーと装甲輸送車が十数台、相葉邸の前に集結していた。
「包囲しろ! 対象は多数! 抵抗するようなら麻痺弾を許可する!」
隊長の男が拡声器で叫びながら、部下たちと共に突入する。
彼らは緊張していた。
S区は魔境だ。そこに現れる集団となれば、凶悪な犯罪者か、理性を失った魔人の類に違いない。
「動くな! ギルド・ポリスだ!」
隊員たちがライフルを構え、庭に雪崩れ込む。
だが、彼らが目にした光景は、想定していた「修羅場」とはあまりにかけ離れていた。
「……は?」
隊長が絶句し、ライフルを下ろした。
庭には、五十人ほどの男たちがいた。
全員、全裸(パンツ一丁)である。
彼らは地面に正座し、あるいは胡座をかき、夜空を見上げていた。
その表情は一様に穏やかで、瞳にはキラキラとした涙が浮かんでいる。
「あぁ……星が綺麗だ……」
「俺は……風になりたい……」
「争いなんて……虚しいだけさ……」
ポエムのような呟きが、合唱のように響く。
そこには殺気など微塵もない。
あるのは、不気味なほどの「賢者タイム」だけだ。
◇ ◇ ◇
——家の中、玄関ホール。
俺、相葉湊は、ドアの覗き穴からその様子を伺っていた。
「うわぁ……。やっぱり警察の人も引いてるよ」
俺は頭を抱えた。
そりゃそうだ。
夜中に全裸の男たちが庭でポエムを詠んでいるのだ。
誰だって引く。
「早く連れて行ってくれないかな。目の毒だ」
俺の足元では、フィギュアのアリスちゃんが「見ちゃダメ」とばかりに、ポチ(チワワ)の目を小さな手で覆っていた。
教育に悪い。本当に申し訳ない。
外では、警察の人たちが恐る恐る男たちに声をかけ始めている。
「お、おい! 貴様ら、何者だ! ここで何をしている!」
隊長が尋ねると、リーダー格のおっさん(木戸)が、ゆっくりと振り返った。
その顔はツルツルに輝き、後光が差しているようにすら見える。
「……何者でもありません」
木戸は澄んだ瞳で答えた。
「我々はただの、迷える子羊……。しかし今、魂の洗濯を終え、生まれ変わりました」
「はあ?」
「お巡りさん、手錠をください。罪を償い、塀の中で野菜を育てたいのです」
木戸は自ら両手を差し出した。
部下たちもそれに続く。
「俺も! 俺も捕まえてくれ!」
「償わせてくれぇぇぇ!」
「刑務所のご飯が食べたいよぉぉぉ!」
我先にと護送車に乗り込もうとする全裸集団。
隊員たちは困惑しながらも、とりあえず全員を拘束していく。
「……ドラッグか? 集団幻覚か?」
隊長が首を傾げながら、現場検証を始める。
そして、庭の隅に散らばっている「ゴミ」を見つけ、顔色を変えた。
「こ、これは……!?」
砕け散った剣の柄。
ひしゃげた鎧の残骸。
粉々になった指輪。
「『蛇腹剣』に、『呪いの黒甲冑』……? これらは全て、指名手配中の悪徳ギルド『蛇の牙』が所持していたSランク装備じゃないか!」
隊長は戦慄した。
これらの装備は、戦車の砲撃すら防ぐ強度と、強力な呪いを持っているはずだ。
それが、まるでガラス細工のように粉砕されている。
しかも、装備者には傷一つ負わせずに、「装備だけ」を破壊し、「戦意だけ」を奪っているのだ。
「……誰がやったんだ?」
隊長は、庭の奥に佇む一軒家を見上げた。
窓は閉ざされ、カーテンが引かれている。
静寂。
だが、その家からは、底知れないプレッシャーが漂っている。
(この家の主が……たった一人で?)
(殺さず、傷つけず、装備と精神だけを『浄化』したというのか!?)
それは、暴力による制圧よりも遥かに高度で、恐ろしい神業だ。
人間業ではない。
「……この件は、上層部に報告が必要だ。S区には『触れてはいけない聖域』が存在する、と」
隊長は震える手で敬礼をした。
誰に対してでもなく、この場を支配する見えざる魔王に対して。
◇ ◇ ◇
数十分後。
パトカーと護送車が去り、S区に再び静寂が戻った。
ガチャリ。
俺は恐る恐る、玄関のドアを開けた。
「……ふぅ。やっと行ったか」
庭には誰もいない。
変質者たちも、鉄くず(装備の残骸)も、警察が綺麗に片付けてくれたようだ。
さすが日本の警察。仕事が早い。
「ん? あれは……」
俺は、門柱のあたりに一台のバイクが停まっているのに気づいた。
宅配ピザのバイクだ。
運転手が、震えながらこちらを見ている。
「あ、ピザ屋さんですか!?」
俺はバスタオル姿のまま駆け寄った。
すっかり忘れていたが、そういえば注文していたんだった。
「すみません、なんか家の前が騒がしくて……怖かったですよね」
配達員の兄ちゃんは、顔面蒼白でガクガクと震えていた。
そりゃそうだ。
到着したと思ったら、全裸集団が警察に連行される現場に出くわしたんだから。
「あ、あの……ピ、ピザ……です……」
「ありがとうございます! これ、お釣りはいいんで!」
俺はビー玉(魔石)を渡し、ピザの箱を受け取った。
まだ温かい。
素晴らしいプロ根性だ。
「気をつけて帰ってくださいね。この辺、変な人が多いんで」
俺が爽やかに言うと、配達員は「ヒッ!」と悲鳴を上げてバイクを急発進させ、逃げるように去っていった。
失礼な奴だな。客に向かって悲鳴を上げるとは。
ま、いいか。
俺は熱々のピザ箱を抱え、家の中に戻った。
「ただいまー。ピザ届いたぞー」
アリスがパチパチと拍手で出迎えてくれる。
ポチも尻尾を振って寄ってくる。
リビングのソファに座り、箱を開ける。
とろけるチーズと、たっぷりの肉。
コーラをグラスに注ぐ。
「いただきます!」
俺はピザにかぶりついた。
美味い。
トラブルの後のジャンクフードは、格別の味がする。
「はぁ……。今日は色々あったけど、終わりよければすべてよしだな」
俺は満足げに天井を見上げた。
悪徳ギルドが壊滅し、俺の「塩」が伝説の兵器として語り継がれることになるとは知らずに。
そして、明日のニュースで俺の家が「国家認定の不可侵領域」に指定されることも知らずに。
最強の引きこもりの夜は、こうして更けていった。




