第43話:うるさいですね… 〜湯上がりの魔神〜
S区・相葉邸の玄関前。
庭は壊滅し、あちこちで火の手が上がり、Sランク装備の残骸が散らばっている。
まさに地獄絵図だ。
その中心で、悪徳ギルド『蛇の牙』のリーダー・木戸は、恐怖に腰を抜かしていた。
目の前には、今まで自分を玩具にしていた「地獄の番犬」が、一瞬にして可愛らしいチワワに姿を変え、怯えたように震えている。
「な、なんだ……? 何が起きている……?」
木戸の混乱をよそに、錆びついた鉄の扉が、キィィィと音を立てて開いた。
——ガチャリ。
廊下の明かりが、闇夜の庭に細く伸びる。
逆光の中から、一人の男が姿を現した。
「…………」
木戸は、呼吸を忘れた。
現れたのは、腰に純白の布を巻き、頭にも白い布を被った、半裸の青年。
だが、木戸の目には、それは人間には見えなかった。
(ひ、光っている……!?)
男の全身から、神秘的なエメラルドグリーンの粒子が立ち上り、肌が発光しているのだ。
それは、ただの美肌効果ではない。
圧倒的な魔力の奔流が、可視化されているのだ(※強酸性スライム風呂によるピーリング効果と湯気です)。
(白装束……! あれは、高位の神官か、あるいは死に装束か……!)
木戸の本能が警鐘を鳴らす。
ケルベロスが恐れをなして縮こまるほどの存在。
この魔境S区の支配者。
『白の魔神』が降臨したのだ。
◇ ◇ ◇
一方、魔神(湊)の視点。
「……うわぁ」
俺は玄関を開けた瞬間、ドン引きしていた。
目の前には、ボロボロの服を着たおっさんがへたり込んでいる。
庭はなんか穴だらけだし、植木が燃えてるし、鉄くず(魔剣の破片)が散らばっている。
そして、足元にはポチ。
「くぅ〜ん」と情けない声を出して、俺の足にスリスリしてくる。
「怖かったか、ポチ。よしよし」
俺はポチを撫でてやりながら、状況を分析した。
1. おっさんが庭に侵入した。
2. 酔っ払って暴れた(植木に火をつけたりした)。
3. ポチがいじめられた。
「……最悪だ」
俺の眉間にシワが寄る。
不法侵入、器物損壊、放火未遂、動物虐待。
数え役満だ。
最近の酔っ払いはタチが悪い。ハロウィンの時期でもないのに、ゾンビみたいなメイクしやがって。
(関わりたくないなぁ……。でも、ポチを守らなきゃ)
俺は勇気を振り絞り、できるだけ威厳のある声(コミュ障特有の低い声)を出そうと努めた。
「……あのー」
俺はおっさんを見下ろした。
「夜中に庭で騒ぐの、やめてもらえます?」
「うるさいんですけど」
◇ ◇ ◇
再び、木戸の視点。
『……うるさいんですけど』
その言葉は、物理的な衝撃波となって木戸を打ち据えた。
低い。
絶対零度のように冷たい声。
「虫ケラが耳障りだ」と、存在そのものを否定するような響き。
「ひっ、あ、あぁ……!」
木戸は後ずさろうとしたが、足が動かない。
男の目が、前髪の隙間からこちらを射抜いている。
その瞳には、感情の色がない。
ただ、「掃除しなきゃ」という事務的な殺意だけが渦巻いている。
(殺される……! 消される……!)
木戸は錯乱した。
Sランクの番犬を手懐け、全身から魔力(湯気)を噴出させる化け物。
話が通じる相手ではない。
「く、来るな……! 化け物めェェ!!」
木戸は半狂乱になりながら、懐に隠し持っていた最後の武器——違法魔導銃を取り出した。
至近距離なら、Sランクの障壁も貫くマグナム弾だ。
「死ねェェェッ!!」
引き金を引く。
ドォン!!
銃口から火花が散り、魔弾が放たれた。
狙いは、男の眉間。
——だが。
パシィッ。
乾いた音がした。
男は、飛来した銃弾を、まるで「蚊」を叩き落とすように、左手で払い落としたのだ。
「……は?」
木戸の目が点になる。
銃弾だぞ? 音速を超えているんだぞ?
それを、素手で?
男は、自分の手の甲を見て、少しムッとしたように言った。
「痛っ……。何投げてんだよ、危ないな」
無傷。
皮膚に赤い跡がついただけ。
スライム風呂で強化された皮膚と、毎日のドラゴン退治で鍛え上げられた動体視力の前では、魔導銃の弾などBB弾レベルだった。
◇ ◇ ◇
湊の視点。
「痛ってぇ……」
俺は左手をさすった。
今、何か硬いものを投げつけられた。石か?
酔っ払いが、逆ギレして石を投げてきたのだ。
「……許さん」
俺の中で、堪忍袋の緒が切れた。
ポチをいじめ、庭を荒らし、あまつさえ家主に暴力を振るうとは。
温厚な俺でも、これ以上の狼藉は見過ごせない。
「うちは、敷地内での飲酒・暴力は禁止です」
俺は右手に持っていた小皿を構えた。
風呂に入る前に、洗面所から持ってきた「盛り塩」だ。
本来は魔除け用だが、こういう「悪い気」を持った人間を追い払うのにも効果があるはずだ。
「悪い霊も、酔っ払いも、これでお引き取りくださいッ!!」
俺は小皿の中の塩を鷲掴みにした。
ダンジョン産の『聖印の浄化塩』。
一粒一粒がダイヤモンドのように輝く、最高級のお清め塩だ。
「塩まいて帰ってもらえェェッ!!」
俺は全力で、おっさんに向かって塩を投げつけた。
——その行為が、悪徳ギルドにとって「核攻撃」に等しい浄化となるとは知らずに。




