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第42話:番犬の本気 〜Sランク装備は噛み心地が悪い〜

 S区・相葉邸の玄関前。

 そこは、この世とあの世の境界線と化していた。


「あ……あ、あ……」


 悪徳ギルド『蛇の牙』のリーダー、木戸は、へたり込んだまま失禁していた。

 彼の目の前には、絶望が鎮座している。


 体高五メートル。

 全身を覆う漆黒の毛並みは、闇そのもの。

 三つの首が、それぞれ異なる意志を持って木戸を見下ろし、口からは溶岩のようなよだれを垂らしている。


 【冥界の番犬ケルベロス


 神話級の魔獣。

 本来なら、国家が総力を挙げて討伐隊を組むレベルの災害だ。

 それが、なぜか「ポチ」と書かれた木製の犬小屋から出てきたのだ。


『グルルルル……(弱イ……)』


 右の首が、つまらなそうに鼻を鳴らす。

 吐き出された鼻息だけで、木戸の着ていた高級スーツが焦げ、髪の毛がチリチリになる。


「う、嘘だ……! 幻覚だ!」


 木戸は錯乱し、叫んだ。

 認められない。

 自分はS区の財宝を手に入れ、裏社会の王になるはずだったのだ。

 こんな、たかが一般人の家の庭で、犬に食われて終わるなんて!


「死ねェェェッ!!」


 木戸は最後の力を振り絞り、愛用の魔剣『蛇腹剣スネーク・ブレード』を振り上げた。

 Aランクダンジョンのボスドロップ品。

 鉄骨さえも容易く切断する、呪いの刃だ。


 ギィンッ!!


 鋭い一撃が、ケルベロスの前足に直撃した。


 ——だが。


 パキィィィィン……!


 砕け散ったのは、剣の方だった。

 ケルベロスの剛毛一本すら切断できず、魔剣は粉々に粉砕されたのだ。


「な……ッ!?」


 木戸の手には、柄だけが残った。


『ガウッ!(オヤツか?)』


 真ん中の首が、嬉しそうに口を開けた。

 そして、空中に舞った魔剣の破片を、パクパクと器用にキャッチし始めた。


 ガリッ、ボリッ、ゴックン。


 鋼鉄を咀嚼する音が響く。

 ポチにとっては、ちょっと硬めのスナック菓子だ。


「魔剣を……食った……?」


 木戸の戦意が、完全にへし折れた。

 勝てない。

 次元が違う。

 逃げなければ。


 木戸は無様に背を向け、這いずりながら逃げ出そうとした。


「ひぃッ! 助けてくれ! もうしません! 帰ります!!」


 だが、番犬が侵入者をただで帰すはずがない。

 ポチにとって、目の前の男は「久しぶりに現れた手頃なオモチャ(ボール)」だった。


『ワンッ!(遊ボウぜ!)』


 左の首が吠える。

 ポチの前足が、木戸の背中に振り下ろされた。


 ドォォン!!


「ぎゃあああああああっ!?」


 木戸の悲鳴。

 ポチは爪を立てず、肉球で優しく(※人間にとってはプレス機並みの圧力)地面に押し付けたのだ。

 木戸の肋骨が数本、悲鳴を上げる。


 そして、ポチは木戸を前足でコロコロと転がし始めた。


 ゴロン、ゴロン、ゴロン。


「やめっ、目が回る! 吐く! あだだだだッ!」


 コンクリートの上を転がされる屈辱と激痛。

 ポチは楽しそうだ。

 尻尾(燃えている)をブンブンと振っている。


 そのたびに、周囲の植木が引火して燃え上がるが、ポチは気にしない。


『グルルッ!(取ッテ来イ、ヤルか?)』


 ポチは木戸を咥え上げると、空中に放り投げた。


「ひいいいいいッ! 高いぃぃぃぃッ!」


 高さ十メートル。

 落下する木戸を、ポチはジャンプして鼻先でリフティングする。


 ボヨォン!


「ぐはぁっ!!」


 Sランク装備(防具)のおかげで即死は免れているが、中身はシェイクされている。

 木戸の意識が遠のく。

 走馬灯が見える。

 田舎の母ちゃんの顔が浮かぶ。


(これが……神罰か……)


 木戸は悟った。

 自分たちは、触れてはいけないタブーに触れたのだ。

 S区の魔王。

 その家は、文字通り「魔界」そのものだった。


 ズドォォォン!!


 最後に、ポチは木戸を地面に叩きつけ、その巨体で「お座り」をした。

 完全にマウントポジション。

 木戸はポチの尻の下で、虫の息となっていた。


『フゥ……。少シハ運動ニナッタナ』


 ポチは満足げに欠伸をした。

 だが、まだ殺してはいない。

 みなとが、「庭で死なれると掃除が大変だから」と言っていたのを覚えているからだ。

 賢い犬である。


 ——その時。


 ガチャリ。


 目の前の玄関ドアが開く音がした。


「……ん?」


 ポチ(ケルベロスモード)が振り返る。

 そこには、腰にバスタオルを巻き、頭に手ぬぐいを乗せた、湯上がり姿の主が立っていた。


 手には、白い粉が入った小皿(※盛り塩)を持っている。


『ッ!?(ヤバイ、主ダ!)』


 ポチは焦った。

 主に見つかると怒られる。

 「大きくなるな」とは言われていないが、「近所迷惑はするな」とは言われている。


 シュゥゥゥゥ……。


 一瞬で、ポチの巨体が縮小する。

 黒炎が消え、三つの首が一つに戻る。


 湊が完全にドアを開けた時。

 そこには、ボロボロになって倒れているおじさん(木戸)と、その横で「くぅ〜ん(僕、怖かったよ)」と震える演技をする、可愛らしいチワワの姿があった。


「…………」


 湊は、無言でその光景を見下ろした。


 ボロボロの服。

 焦点の合っていない目。

 そして、庭に散乱する謎の金属片(魔剣の残骸)。


 湊の脳内で、状況の解析が行われる。


 【解析結果:酔っ払い】


「……はぁ」


 湊は深いため息をついた。

 またか。

 S区は廃墟だから、こういう行き場のない人たちが集まってくるのか。

 ポチと遊んでくれたのはいいけど、夜中に騒ぐのはマナー違反だ。


 湊の目が、冷たく細められる。


「……あのー」


 湊が口を開いた。

 木戸にとっては、それは死刑宣告よりも恐ろしい、魔王の第一声だった。

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