第36話:悪徳ギルド、動く 〜死亡フラグ建築士たち〜
東京都の地下深く。
表の地図には載っていない、裏社会の人間だけが知る非合法オークション会場の倉庫。
そこの一室で、下卑た笑い声が響き渡っていた。
「ヒャハハハハ! すげぇ! マジですげぇぞコイツは!」
男の名は木戸。
スキンヘッドに蛇の刺青を入れた巨漢で、悪徳ギルド『蛇の牙』のリーダーを務める男だ。
彼の手には、一本の白く鋭い「牙」が握られている。
それは、S区のゴミ捨て場から横流しされた、例のゴミ袋から抜き取った一本——『古龍の牙』だ。
「おい、実験だ。一番硬い盾を持ってこい!」
木戸が叫ぶと、部下が慌てて『ミスリル合金の大盾(Aランク装備)』を持ってきた。
戦車の砲撃すら防ぐ高級品だ。
「へっ、こんなもん紙切れ同然よ!」
木戸は牙を無造作に振り下ろした。
魔力を込めることすらしていない。ただの腕力だ。
ザンッ!!
金属が切断される音ではない。
まるで大根を切ったような軽い音と共に、大盾が真っ二つに両断され、床に転がった。
断面は鏡のように滑らかだ。
「「「おおおおおっ!!」」」
倉庫にいた構成員たちがどよめく。
「兄貴、ヤバすぎます! 豆腐みたいに切れましたよ!」
「鑑定結果が出ました! 品質Sプラス……正真正銘の国宝級です!」
「ククク……!」
木戸は恍惚の表情で牙を撫で回した。
たった一本でこれだ。
情報によれば、S区のゴミ捨て場には、これが何十本、何百本と入った袋が山積みされていたという。
さらに、世界樹の葉や、高純度の魔石まで。
「総額……いくらになると思う?」
「ちょ、兆行くんじゃないですか……?」
「違いねぇ! 俺たちが日本の王になれる金額だ!」
欲望が、理性を塗りつぶしていく。
木戸の目は血走っていた。
「……で、場所は特定できたんだな?」
「へい。監視カメラの映像から割り出しました」
部下がタブレットを操作し、プロジェクターに画像を投影する。
映し出されたのは、S区の廃墟を進む一人の男の姿。
ヨレヨレの灰色ジャージ。
足元は便所サンダル。
ボサボサの黒髪に、覇気のない猫背。
手には台車を押し、その上には「宝の山(ゴミ袋)」が積まれている。
「プッ……ギャハハハハ!」
木戸は腹を抱えて笑った。
「なんだこのマヌケ面は! 平和ボケしたツラしやがって!」
「こいつが、噂の『S区の魔王』ですか? ただの浮浪者にしか見えませんね」
「違いねぇ。魔王なんてのはネットのデマだ」
木戸は断言した。
彼の長年の裏社会経験が告げている。
こいつからは、強者のオーラも、殺気も感じられない。
ただの無防備な一般人だ。
「おそらく、こいつは『管理人』だ」
「管理人、ですか?」
「ああ。大隆起の前からあそこに住み着いてて、たまたま自宅の地下か何かがダンジョンの宝物庫に繋がっちまったんだろう。で、その価値も知らずにゴミとして捨ててやがる」
運がいいだけのネズミ。
宝の持ち腐れ。
豚に真珠。
「許せねぇよなぁ? 貴重な資源をゴミ扱いするなんてよォ」
木戸はニヤリと笑い、腰のナイフを舐めた。
「俺たちが有効活用してやるのが、世のため人のためってもんだろ?」
「さすが兄貴! 慈悲深い!」
「社会貢献ですね!」
悪党たちが盛り上がる。
彼らの論理は単純だ。
弱い奴が持っている宝は、強い奴が奪っていい。
S区は無法地帯。警察もギルドも介入できない完全なブラックボックス。
つまり、やりたい放題だ。
「野郎ども、準備だ! 今夜、S区へカチ込むぞ!」
木戸が号令をかける。
「戦力は?」
「精鋭50名、装甲車3台、違法魔導兵器も積みました!」
「上等だ。相手は一人だが、油断はするな。念のため、家ごと包囲して蜂の巣にする」
木戸はタブレットの画面——相葉湊の顔写真を指先で弾いた。
「抵抗したら?」
「殺せ」
即答だった。
「死体はダンジョンの魔物に食わせれば証拠隠滅だ。家の権利書から隠し財産まで、根こそぎ奪い尽くせ!」
「「「ヒャッハァァァァッ!!」」」
倉庫が殺気と欲望で満たされる。
彼らは疑いもしなかった。
自分たちが「捕食者」であり、ジャージの男が「獲物」であることを。
——その「獲物」の家が、世界最強の防衛システム(植物)と、地獄の番犬に守られた、人類未踏の要塞であることなど、知る由もなく。
◇ ◇ ◇
数時間後。
S区・相葉邸。
「……ん?」
リビングのソファでくつろいでいた俺、相葉湊は、ふと窓の外を見た。
日は沈み、あたりは暗くなっている。
「なんか……空気が淀んでるな」
俺は鼻をひくつかせた。
いつもとは違う、嫌な湿気を含んだ風。
遠くで、カラスが騒がしく鳴いている。
足元では、フィギュアのアリスちゃんが、小さなおもちゃの剣を構えて警戒ポーズをとっている。
ポチも、窓際で低く唸っているようだ。
「どうした? 雨でも降るのかな」
俺は天気予報アプリを確認した。
降水確率0%。快晴だ。
「ま、S区の天気は変わりやすいからな」
俺は気にせず、スマホを置いた。
今日は「肉増しピザ」が届く日だ。
配達予定時刻まで、あと三十分。
胃袋のコンディションを整えておかなければならない。
「アリス、ポチ。ご飯届くまで、大人しくしてような」
俺は呑気にゲームのコントローラーを握った。
——その時。
S区の入り口にある封鎖ゲートが、爆音と共に吹き飛んだ。
ズドォォォォォンッ!!
侵入者を告げる狼煙。
悪意の車列が、ヘッドライトで闇を切り裂きながら、湊の平穏な聖域へと殺到し始めていた。




