第33話:ギルドマスターの苦悩 〜そのゴミ、国家予算につき〜
東京都、探索者協会・S区支部。
普段は閑職と揶揄されるこの支部に、かつてない緊張が走っていた。
ウゥゥゥゥゥゥゥン!! ウゥゥゥゥゥゥゥン!!
庁舎内に鳴り響く、特級災害警報。
廊下を走り回る職員たちの怒号。
そして、厳重に結界が張られた地下保管庫に運び込まれた、「十個のポリ袋」。
「支部長! 早く来てください! 鑑定班がパニックを起こしています!」
「胃薬! 誰か胃薬を持ってこい!!」
S区支部長・四谷(42歳・中間管理職)は、青ざめた顔で地下へと駆け下りた。
早朝、ゴミ回収業者(ギルドの下請け)から入った一本の通報。
『S区のゴミ捨て場が光っている』という、冗談のような報告が、全ての始まりだった。
「……状況は?」
四谷が保管庫に入ると、そこには防護服に身を包んだ鑑定士たちが、震えながら「ゴミ袋」を取り囲んでいた。
半透明の袋からは、七色のオーラが漏れ出し、地下室の天井を焦がさんばかりの魔力が渦巻いている。
「し、支部長……。まずは、これをご覧ください」
チーフ鑑定士が、震える手でタブレットを差し出した。
そこには、袋の中身を透視・鑑定した結果が表示されていた。
【検体番号:001(燃えるゴミの袋)】
【内容物:古龍の大腿骨、肋骨、牙】
【推定ランク:S(国宝級)】
【市場価値:測定不能(一骨につき数億円〜)】
【備考:新聞紙で丁寧にくるまれています】
「は……?」
四谷の思考が停止した。
古龍。
それは、現存する兵器では傷つけることすら難しい、伝説の怪物だ。
その骨が? 燃えるゴミの袋に?
しかも、割れたガラスを捨てるみたいに新聞紙でくるまれて?
「ご、誤作動じゃないのか?」
「正常です! 五回計測して、測定器が二台爆発しました!」
鑑定士が悲鳴を上げる。
四谷は次のページをめくった。
【検体番号:002(資源ゴミの袋)】
【内容物:神霊水の空き瓶 × 12本】
【残留魔力:瓶の内側に付着した一滴で、瀕死の重傷が完治するレベル】
【備考:綺麗に水洗いされ、ラベルが剥がされています】
「…………」
四谷は、ポケットから胃薬を取り出し、水なしで飲み込んだ。
エリクサー。
世界中の富豪が、全財産を投げ打ってでも欲しがる「命の聖水」。
それが、空き缶やペットボトルと一緒に資源ゴミに出されている。
しかも、リサイクルしやすいように洗ってある。
「……マナーが良すぎるだろ」
四谷は乾いた笑いを漏らした。
律儀だ。
あまりにも律儀な「神々のゴミ出し」だ。
「支部長、問題はここからです」
鑑定士が、最も大きな袋を指差した。
そこからは、黄金色の粒子が舞い上がり、地下室全体を森林浴のような香りで満たしている。
【検体番号:003〜008(落ち葉の袋)】
【内容物:世界樹の枯れ葉】
【数量:約50,000枚】
【推定総額:日本の国家予算の約三年分】
ガシャン。
四谷の手からタブレットが滑り落ちた。
国家予算。
それが、45リットル袋に詰め込まれ、口を縛られ、「カラス除けネット」の下に置かれていたのだ。
「……テロだ」
四谷は呻いた。
これは、経済に対するテロ行為だ。
もしこの袋が一つでも市場に流出したら?
魔石の価格は大暴落し、製薬会社は倒産し、世界中のバランスが崩壊する。
核兵器が道端に捨てられているのと変わらない。
「誰だ……!? 一体誰がこんな狂ったことを!?」
四谷の怒号に、情報分析官がモニターを操作した。
「ゴミ捨て場周辺の、魔導監視カメラの映像を復元しました。……犯人が映っています」
モニターに、深夜の映像が映し出された。
画質は粗いが、月明かりに照らされた人物の姿はハッキリと確認できる。
上下灰色のジャージ。
足元は便所サンダル。
台車を押しながら、ペタペタと歩く男。
「こいつは……!」
四谷は息を呑んだ。
見覚えがある。
先日、S区でSランクモンスターを一撃で粉砕したとネットで話題になっていた、あの男だ。
『ジャージの悪魔』。
あるいは、『S区の隠れ魔王』。
映像の中の男は、ゴミ袋を積み下ろすと、満足げに腰を叩いている。
そして、隣にいる小さなフィギュア(!?)と、黒い子犬(※ケルベロス)に何か話しかけ、笑顔で帰っていった。
あまりにも、日常的な光景。
深夜のゴミ出しをする、善良な市民の姿そのものだ。
「……彼は、我々に何を求めているんだ?」
四谷は頭を抱えた。
この行動をどう解釈すればいい?
解釈A: 彼はただの一般人で、これらの国宝を本当に「ゴミ」だと思っている。
解釈B: これは人類への警告。「我にとって、貴様らが血眼になって探す秘宝など、ゴミ同然だ」というマウント。
どちらにせよ、絶望的だ。
Aなら無知ゆえの暴走。Bなら圧倒的な力の誇示。
「支部長、どうしますか? 政府に報告しますか?」
「馬鹿者! こんなもん報告したら、S区に自衛隊と米軍が雪崩れ込んでくるぞ! 第三次世界大戦の火種だ!」
四谷は決断した。
隠蔽だ。
ギルドS区支部の総力を挙げて、このゴミを「処理(隠蔽)」しなければならない。
「……待てよ。この男と接触したことのある人物が、一人だけいたはずだ」
四谷の脳裏に、あるSランク探索者の顔が浮かんだ。
先日、S区でこの男の姿を配信してしまった少女。
「銀条レイナだ。彼女を呼べ! 今すぐだ!」
四谷は叫んだ。
彼女なら、この「ジャージの悪魔」の正体を知っているかもしれない。
そして、このふざけたゴミ出しの真意も。
——だが、四谷は知らなかった。
呼び出されたレイナ自身が、既にこの男の狂信的な信者となっており、事態をさらにややこしい方向へ導くことになろうとは。
「胃薬……もう一箱持ってこい……」
朝日が昇るS区支部。
中間管理職の悲痛な叫びは、誰に届くこともなく虚しく響いた。




