第32話:ゴミ捨て場の怪異 〜燃えるゴミが七色に光る件〜
深夜二時。
草木も眠る丑三つ時。S区の廃墟には、不気味なほどの静寂が広がっていた。
ガラララララ……。
その静寂を破るのは、アスファルトの上を転がる台車の音だけ。
「……重っ」
俺、相葉湊は、汗を拭いながら台車を押していた。
積載されているのは、パンパンに膨らんだ45リットルゴミ袋(大)が十個。
中身は、部屋の大掃除で出た「不要品」たちだ。
昼間に出しに行くと近所の人(※いません)に会うかもしれないし、日差しもきつい。
だから、こうして人目を忍んで深夜に出しに来たわけだが……。
「これ、本当に燃えるゴミでよかったのかなぁ」
俺は少し不安になった。
袋の一つが、妙に重い。
ドラゴンの骨とか牙が入ってるやつだ。
二重にした袋を突き破って、鋭い先端がコンニチハしかけている。
ガムテープで補強したけど、収集車の人、怪我しないかな。
「アリス、落ちないように押さえてて」
俺が声をかけると、ゴミ袋の山の上にちょこんと座っていたフィギュア(聖女アリス)が、ビシッと敬礼した。
彼女は懐中電灯を持って、足元を照らしてくれている。
可愛い。深夜の散歩も、相棒がいれば怖くないな。
足元では、ポチがトテトテと歩いている。
時折、道端の電柱にマーキングをしているが、そのたびに電柱が「ジュッ」と音を立てて少し溶けている気がする。
酸性雨の影響かな。S区の環境も過酷だ。
十分ほど歩いて、ようやく指定の集積所にたどり着いた。
かつて公園だった場所の入り口にある、金網で囲まれたスペースだ。
「よし、到着」
俺は台車を止め、ゴミ袋を一つずつ降ろしていった。
ドサッ、ドサッ。
重い音がする。
「分別は……まあ、大体合ってるだろ」
燃えるゴミ(ドラゴン素材)、資源ゴミ(ポーション瓶)、埋め立てゴミ(ダンジョンの瓦礫)。
綺麗に並べ終えると、結構な体積になった。
「カラスに荒らされると迷惑だからな」
俺は集積所に備え付けられていた青いカラス除けネットを広げ、ゴミ山全体に被せた。
これで完璧だ。
マナーを守る男、相葉湊。
「ふぅ。任務完了」
俺は腰をトントンと叩き、満足げにゴミ山を見上げた。
「……ん?」
そこで、俺は違和感に気づいた。
カラス除けネットの下から、何やら「七色の光」が漏れ出しているのだ。
ポゥ……。
幻想的なオーロラのような光が、闇夜を照らしている。
袋の隙間から、金色の粉(世界樹の胞子)がキラキラと舞い上がり、青白い冷気(ドラゴンの残留魔力)が漂っている。
「なんだこれ? 化学反応?」
俺は首を傾げた。
生ゴミの発酵熱とかで、光るバクテリアでも繁殖したのかな?
あるいは、誰かが捨てた蛍光灯が割れたとか?
「……ま、いっか。綺麗だし」
俺は深く考えないことにした。
S区は元々、空気が変な色をしていることも多い。
ゴミがちょっと光るくらい、よくあることだろう。
街灯代わりになって防犯にもいいかもしれない。
「帰ろう、アリス、ポチ。夜食のカップ麺が俺を待ってる」
俺は空になった台車を押し、踵を返した。
背後で、ゴミ捨て場が灯台のようにS区の夜空を照らしていることなど気にも留めずに。
◇ ◇ ◇
翌朝。午前六時。
S区の境界線付近を、一人の男が歩いていた。
名前は田中。ランクEの探索者だ。
彼は「ハイエナ」と呼ばれる、他の探索者が捨てたアイテムや、浅層の素材を拾って小銭を稼ぐ底辺業者だった。
「へっ、今日は早起きしたからな。S区の入り口あたりなら、まだ手付かずの素材があるかもしれねぇ」
田中は防護マスクを装着し、ガイガーカウンターのような魔素測定器を片手に、廃墟へと足を踏み入れた。
S区は危険だ。
だが、その分、落ちているゴミ(素材)の質も高い。
運が良ければ、魔物が落とした牙一本で数万円になることもある。
「お? なんだありゃ」
田中の視界の先に、異様な光景が飛び込んできた。
かつての公園の入り口。
ゴミ集積所とおぼしき場所に、虹色の柱が立ち昇っていたのだ。
「イベント発生か!? レアモンスターの出現エフェクト!?」
田中は緊張して身構えた。
だが、近づいてみると、そこにはモンスターはいなかった。
あるのは、青いネットを被せられた、大量のゴミ袋の山。
その袋の一つ一つから、目が潰れそうなほどの強烈な魔力光が噴き出している。
「な、なんだこれ……!? 産業廃棄物の不法投棄か!?」
田中は恐る恐る近づいた。
放射能マークのような危険な気配。
だが、漂ってくる匂いは、なぜか芳醇な森の香りや、高貴な香水のようないい匂いだ。
田中は震える手で、測定器を向けた。
ピピピピピピピピピ……ボンッ!!
測定器の針が振り切れ、煙を吹いてショートした。
「うわっ!? 測定不能!?」
田中は慌てて、自前のスキル『簡易鑑定』を発動した。
Eランクの低い鑑定眼だが、アイテムの名称くらいは分かるはずだ。
彼は、袋から突き出ている「白い棒(骨)」に焦点を合わせた。
——カッ!
【名称:古龍の大腿骨】
【ランク:S(国宝級)】
【推定価格:3億円〜】
【状態:燃えるゴミとして出されています】
「は……?」
田中の思考がフリーズした。
サンオクエン?
ドラゴンノホネ?
モエルゴミ?
脳が情報の処理を拒絶する。
幻覚か? 朝早すぎて夢を見てるのか?
彼は隣の袋を見た。
黄金色の枯れ葉が詰まっている。
【名称:世界樹の葉 (のクズ)】
【ランク:A+】
【推定価格:一枚につき50万円】
【状態:大量(測定不能)】
「ひっ……!」
田中は尻餅をついた。
計算できない。
この袋の中に、葉っぱが何千枚入っている?
億? 兆?
日本の国家予算が、ここに捨てられている?
「だ、誰だ!? こんな狂ったことをしたのは!?」
「神々の悪戯か!? それとも魔王の断捨離か!?」
田中はガタガタと震え出した。
触れてはいけない。
これは、人間が触れていい領域のゴミではない。
一本でも持ち帰れば、一生遊んで暮らせるだろう。
だが、持ち帰った瞬間に、謎の組織に消されるか、魔力にあてられて死ぬ未来しか見えない。
「つ、通報だ……! ギルドに通報しねぇと、俺の命が危ねぇ!」
田中は這いつくばりながらスマホを取り出し、緊急ダイヤルを押した。
「も、もしもし!? ギルドですか!? S区のゴミ捨て場が大変なことに!!」
「え!? 酔ってません! ドラゴンの骨がゴミ袋に入ってるんです! 信じてください!!」
——こうして。
朝のS区に、サイレンの音が鳴り響くことになった。
湊の出した「燃えるゴミ」は、無事に回収されるどころか、厳重な封鎖線が敷かれ、防護服を着た特殊部隊によって「危険物処理」される運命となったのである。
◇ ◇ ◇
S区支部・ギルドマスター室。
支部長(42歳・中間管理職)は、朝から運び込まれた「ゴミ袋」の鑑定結果を見て、胃薬を大量に飲み込んでいた。
「……ドラゴンの牙、世界樹の枝、ケルベロスの毛玉……」
「これ一つで、我が支部の年間予算を超えているだと……?」
支部長は頭を抱えた。
誰が捨てたのかは、明白だ。
S区の深層部。
監視カメラに映っていた、ジャージ姿の男。
「『ジャージの悪魔』……。彼は我々に、何を求めているんだ?」
「これは『供物』か? それとも、『こんなものゴミ同然だ』という人類への威嚇か?」
支部長の胃痛は、当分治りそうになかった。




