第31話:大掃除、決行 〜ドラゴンの牙は燃えるゴミですか?〜
チュン、チュン……。
S区の離れに、爽やかな朝が訪れた。
俺、相葉湊は、これまでにないほど清々しい気分で目覚めた。
「ん〜……。空気が美味い」
深呼吸をする。
いつもなら澱んでいる部屋の空気が、まるで高原の朝のように澄んでいる。
それもそのはず。
サッサッ、キュッキュッ。
視線を向けると、デスクの上で小さな影が動き回っていた。
昨日届いた(動き出した)フィギュア、聖女アリスだ。
彼女は自分の身長ほどの羽毛払い(綿棒)を器用に使い、キーボードの隙間のホコリを掃除している。
「……おはよう、アリス。早いな」
俺が声をかけると、アリスはピッと手を止め、スカートの裾をつまんで優雅にお辞儀をした。
可愛い。
そして働き者だ。
最新のAI家電(と思い込んでいる)はすごい。持ち主の睡眠サイクルまで学習しているのか。
「君にばかり働かせて悪いな。……よし」
俺はベッドから起き上がり、腕まくりをした。
部屋を見渡す。
アリスのおかげで表面上は綺麗になったが、部屋の隅や押し入れには、三年分の「戦いの痕跡」が溜まっている。
「やるか……大掃除」
引きこもりにとって、部屋の乱れは心の乱れ。
今日は徹底的に断捨離だ。
俺はキッチンから、自治体指定の45リットルゴミ袋(大)の束を持ってきた。
S区は廃墟だが、ゴミ収集車はなぜか週に一度、決まった場所に来てくれる(※実際には、ギルドの特殊回収部隊が危険物を回収しているだけ)。
「まずは……分別からだな」
俺は床に散らばっている「ガラクタ」を拾い上げた。
一つ目。
黒くて硬い、薄いプレート状のもの。
以前倒したブラックドラゴンの剥がれ落ちた皮膚だ。
部屋の隅に山積みになっている。
「これは……成分的には爪とか髪の毛と一緒だよな? タンパク質だろ?」
俺は少し考えた後、『燃えるゴミ』の袋に放り込んだ。
カシャン、カシャンと硬質な音がするが、高温焼却炉なら燃えるはずだ。
(※融点3000℃の耐熱素材です)
二つ目。
黄金色に輝く、枯れ葉のようなもの。
庭に生えているデカい木(世界樹)から飛んできた落ち葉だ。
いい匂いがするし、防虫剤代わりになるかと思って拾っておいたが、量が増えすぎた。
「落ち葉は燃えるゴミ、と」
バサバサと袋に詰める。
袋の中が黄金色に発光しているが、気にしない。
(※一枚で死者が蘇生するレベルの霊薬素材です)
三つ目。
青いガラス瓶。
栄養ドリンク(エリクサー)の空き瓶だ。
底の方に、チョロっと青い液体が残っている。
「中身が入ったまま捨てちゃダメなんだよな」
俺はキッチンの流し台へ行き、瓶を逆さにした。
トクトク……。
青く輝く液体が、排水口へと流れていく。
排水管がピカピカに洗浄され、ついでに下水道の汚泥が浄化されていくが、俺は気づかない。
「よし、濯いで……ラベルを剥がして……」
俺は瓶を水洗いし、『資源ゴミ(ビン・カン)』の袋に入れた。
偉いぞ俺。社会のルールを守っている。
そして、四つ目。
これが一番の厄介物だ。
部屋のカーペットに突き刺さっていたり、ソファの下に転がっている、白くて鋭い破片。
ドラゴンの牙や、骨の欠片だ。
トカゲ退治をした時に飛び散ったやつである。
「危ないんだよな、これ。踏むと痛いし」
俺は軍手をはめて、牙を回収した。
長さは30センチくらい。鋭利なナイフみたいだ。
これは燃えないゴミ……いや、危険物扱いか?
とりあえず新聞紙にくるんで、燃えるゴミの袋に入れてしまおう。
俺は牙をゴミ袋に突っ込んだ。
ブチッ!!
嫌な音がした。
牙の先端が、新聞紙とビニール袋を容易く貫通し、外に飛び出したのだ。
「あーもう! これだから安物の袋は!」
俺は舌打ちした。
最近のレジ袋もそうだけど、薄くなりすぎじゃないか?
ちょっと尖ったものを入れただけで破けるなんて。
(※その牙は、鋼鉄の鎧すら紙のように引き裂くSランク素材です)
「アリス、ガムテープ取って!」
俺が呼ぶと、アリスがトテテッと走ってきて、自分の背丈ほどあるガムテープのロールを転がしてきた。
ナイスアシスト。
「よし、二重にするぞ」
俺はゴミ袋をもう一枚重ね、破れた部分をガムテープでグルグル巻きにした。
さらに、飛び出した牙の先端には、ティッシュを丸めて被せ、その上からまたガムテープ。
「……ふぅ。これで文句ないだろ」
厳重に封印されたゴミ袋。
見た目はボコボコしていて不格好だが、収集車の人も怪我はしないはずだ。
そんな調子で、俺とアリスは部屋中の「不要品」を片付けていった。
壊れた家具(ダンジョンの宝箱)、謎の宝石(魔石のクズ)、ポチの抜け毛(ケルベロスの毛)。
一時間後。
玄関には、パンパンに膨らんだ45リットルゴミ袋が、計十袋も積み上がっていた。
「……結構あったな」
俺は汗を拭った。
達成感がこみ上げてくる。
部屋は広くなったし、空気も綺麗だ。
アリスも、ゴミ袋の山の頂上に登り、誇らしげに胸を張っている。
「よし。じゃあ、夜になったら出しに行こう」
俺は決めた。
昼間にゴミ捨て場に行くのはリスクが高い。
近所の人(誰もいないけど)に会うかもしれないし、何より日差しが眩しい。
誰もいない深夜に、こっそりと出しに行くのが引きこもりの流儀だ。
「それまで、ゲームでもして休憩するか」
俺は冷蔵庫からコーラを取り出し、アリスと一緒に乾杯した。
——だが。
俺は知らなかった。
この十袋のゴミが、それぞれ「一国の国家予算」に匹敵する価値を持っていることを。
そして、これをゴミ捨て場に出した瞬間、S区全体が七色のオーラに包まれ、探索者ギルド始まって以来の「怪奇現象」として大騒ぎになることを。
今はただ、綺麗になった部屋で、平和な午後を過ごすのみだった。




