第30話:フィギュアの出来が良いので満足 〜最新家電はシュレッダー付き〜
チュン、チュン……。
S区の離れに、爽やかな朝が訪れた。
俺、相葉湊は、最高の気分で目覚めた。
「ん〜……よく寝た」
布団から這い出し、大きく伸びをする。
昨日は色々とあった。
フィギュアが届いて、開封して、そのまま鑑賞しながら寝落ちしてしまったようだ。
「おはよう、アリスちゃん」
俺はPCデスクの飾り棚に視線を向けた。
昨日届いたばかりの『聖女アリス』のフィギュアが、朝日を浴びて神々しく鎮座している。
「……ん?」
俺は目をこすった。
気のせいだろうか。
昨日は「両手を組んで祈るポーズ」で飾ったはずなのに、今は「片手を挙げて挨拶するポーズ」になっているような?
「まさかな。寝ぼけてるのか」
俺はあくびをしながらベッドを降りた。
すると、足の裏に違和感を覚えた。
「あれ? 床が……綺麗だ?」
いつもなら、菓子の食べかすやホコリが多少なりとも落ちているフローリングが、鏡のようにピカピカに磨き上げられている。
それだけではない。
脱ぎ散らかしたジャージは畳まれ、読みかけのマンガは本棚に整列し、PCのモニターからは指紋一つなくなっている。
「泥棒か? いや、泥棒が掃除なんかしていくか?」
「母さん(大家)が合鍵で入ったのかな。いや、避難してるはずだし……」
俺が首を傾げていると。
カタリ。
デスクの方から、小さな物音がした。
振り返ると——そこには信じられない光景があった。
棚の上にいたはずのアリスちゃんが、ちょこんとデスクの端に立っている。
そして、その手にはティッシュペーパーを小さく裂いて作った「雑巾」が握られていた。
「え?」
俺とアリスちゃんの目が合う。
数秒の沈黙。
ペコリ。
フィギュアが、優雅にスカートの裾をつまんでお辞儀をした。
「う、動いたぁぁぁぁぁッ!?」
俺は腰を抜かした。
人形が動いた! ホラーか!? チャッキーか!?
いや、待てよ。
俺は冷静にパッケージの箱を確認した。
【価格:29,800円(税抜)】
【完全受注生産限定版】
「……そうか、そういうことか!」
俺はポンと手を打った。
約三万円もする高級フィギュアだ。
ただのプラスチックの塊なわけがない。
最新のAIとか、小型モーターとか、自律行動プログラムが搭載されているに決まっている!
「すげえええ! 最近のオモチャってここまで進化してるのか!」
「『スマートスピーカー』ならぬ『スマートフィギュア』ってやつか!?」
俺は感動に打ち震えた。
掃除までしてくれるなんて、ルンバの上位互換じゃないか。
さすがヤマゾン。いい仕事をする。
「すごいなアリスちゃん! 君が部屋を綺麗にしてくれたの?」
俺が話しかけると、アリスちゃんは「コクコク」と頷き、嬉しそうにクルクルと回った。
可愛い。
これは、最高の相棒ができたかもしれない。
「よし、名前はそのまま『アリス』でいこう。よろしくな!」
アリスは、ビシッと敬礼ポーズをとった。
学習機能も完璧だ。
——実際には。
この部屋の膨大な魔素を吸収したフィギュアが、『魔導ゴーレム(自律型)』として覚醒し、創造主である湊に絶対の忠誠を誓っただけなのだが。
湊は「日本の科学力すげー」で納得してしまった。
その時。
玄関の方で、カサリと音がした。
「ん? 郵便かな?」
俺が見に行くよりも早く、アリスが目にも止まらぬ速さでデスクから飛び降り、タタタタッと玄関へ走っていった。
速い。ゴキブリを仕留める速度だ。
俺も後を追って廊下へ出る。
玄関のドアポストから、一通の封筒が差し込まれていた。
真っ黒な封筒。
封蝋はドクロのマーク。
そして、赤字で殴り書きされた文字。
『警告状:S区の住人へ告ぐ』
——それは、悪徳ギルド『蛇の牙』からの脅迫状だった。
昨日、俺がゴミ捨て場に出した「神話級素材」の出処を嗅ぎつけたハイエナたちが、ついに牙を剥いたのだ。
封筒からは、禍々しい殺気と、微量な呪いの粉が撒き散らされている。
普通なら、触れただけで手が腐る危険な代物だ。
「あ、アリス! 触っちゃダメだ! 汚いかも——」
俺が止める間もなかった。
アリスの目が、赤く発光する。
【敵性反応検知。主ニ仇ナス害悪ト認定】
【排除シマス】
シュバババババババッ!!
アリスの手が残像と化した。
彼女が持っていたのは、フィギュアの付属品である「聖女の杖(プラスチック製)」。
だが、今の彼女の手にかかれば、それは名刀をも凌ぐ切れ味を誇る。
一瞬だった。
黒い封筒は、空中で一万回ほど斬り刻まれ、雪のような紙吹雪となって散った。
呪いの粉も、聖女の浄化光で無効化された。
「……え?」
俺は呆然と立ち尽くした。
今、何が起きた?
封筒が……粉々になった?
アリスは、散らばった紙屑を丁寧に集めると、ちりとりで回収し、ゴミ箱へポイッと捨てた。
そして、俺に向かって「ニコッ」と微笑んだ。
「…………」
俺は数秒考え込み、一つの結論に達した。
「なるほど……シュレッダー機能付きか!」
不要なチラシ(DM)を自動で判別して処分してくれる機能。
なんて便利なんだ。
今どきの個人情報保護対策はここまで進んでいるのか。
「ありがとうアリス! 変なセールスの手紙だったんだな。助かったよ!」
俺が頭を撫でてやると(指一本で)、アリスは気持ちよさそうに目を細めた。
「よし、今日も平和だ。ゲームしよ」
俺はアリスを肩に乗せ、リビングへと戻っていった。
ゴミ箱の中には、『我ら蛇の牙は、貴様の全てを奪う……』という脅迫文の断片が、読むことも不可能なレベルの塵となって沈んでいた。
——だが。
脅迫状を無視された(届かなかった)悪党たちが、黙っているはずがない。
嵐の前の静けさは、これで終わりを告げる。
S区の境界線に、重武装した装甲車の車列が迫っていた。




