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第3話:外の世界では、英雄が死にかけていた

毎日 07:10、12:10、17:10、19:10 、21:10  に1話ずつ

5話投稿目指して頑張っていこうと思っているので

よろしくお願いします

『嘘だろ……レイナちゃん逃げて!!』

『あかん、それSランクのギガント・オーガや!』

『終わった……日本の宝が……』


 空中に浮かぶ自動追尾型の撮影ドローンが、絶望的な光景を世界中に配信していた。

 画面の向こうでは、数百万人の視聴者が悲鳴を上げている。


 場所は、東京都旧S区。

 かつて住宅街だったそこは、今や濃密な魔素に覆われた「魔境」と化している。


「ハァッ、ハァッ……ッ!」


 銀条ぎんじょうレイナは、荒い息を吐きながら、折れかけた愛剣を構え直した。

 彼女は若干18歳にしてSランク探索者の称号を得た、日本最強の剣士だ。

 透き通るような銀髪に、凛とした美貌。その実力とビジュアルで、ダンジョン配信者としても絶大な人気を誇っている。


 だが、今の彼女に余裕はない。

 ミスリル製の全身鎧フルプレートはボロボロにひしゃげ、美しい顔は泥と血に汚れている。


「……硬すぎる……ッ!」


 レイナの視線の先には、絶望が立っていた。

 体長五メートルを超える、巨人のような筋肉の塊。

 皮膚は鋼鉄よりも硬く、その手にはアスファルトの地面を容易く粉砕する棍棒が握られている。


 ——ギガント・オーガ。

 本来なら、深層ダンジョンのボスとして君臨するはずの怪物が、なぜかこの「S区の庭先」を徘徊していたのだ。


『グオオオオオオオオオオッ!!』


 鼓膜を破らんばかりの咆哮。

 ただの叫び声ではない。衝撃波ソニックブームを伴うそれは、周囲の廃屋のガラスを一斉に割り、レイナの体を吹き飛ばす。


「キャアアッ!!」


 レイナは地面に叩きつけられた。

 受け身を取ろうとしたが、ダメージの蓄積した体が言うことを聞かない。

 視界が霞む。

 ドローンのカメラが、倒れ伏す彼女を無慈悲に映し出す。


『レイナちゃん! 立って!』

『救援は!? ギルド何してんだよ!』

『無理だ……S区の深部なんて、救援部隊が来るのに3時間はかかる……』

『嫌だ……見たくない……』


 コメント欄が絶望で埋め尽くされる。

 レイナ自身もまた、死を悟っていた。


(……ここまで、なの……?)


 探索者になったあの日から、覚悟はしていた。

 いつかダンジョンの露と消える日が来ることを。

 けれど、こんな何もない廃墟の庭で、誰にも看取られずに野垂れ死ぬなんて。


 ズシン、ズシン、ズシン。


 地響きが近づいてくる。

 オーガが、獲物を仕留めるために歩み寄ってくる音だ。

 巨大な影がレイナを覆い隠す。

 見上げれば、醜悪な笑みを浮かべた怪物が、丸太のような棍棒を振り上げていた。


(お母さん……ごめんなさい……)


 レイナは恐怖に震えながら、ギュッと目を閉じた。

 痛みは一瞬だろうか。

 せめて、苦しまずに逝きたい。


 棍棒が風を切り、振り下ろされる——その瞬間だった。


 キィィィィィィィィ…………


 場違いなほど甲高い、錆びついた金属音が響き渡った。


『?』


 オーガの動きがピタリと止まる。

 レイナもまた、恐る恐る目を開けた。


 音の正体は、すぐ目の前にある「廃屋」——いや、S区の中心に佇む、古びた一軒家のドアが開く音だった。


 ガチャリ。


 重い鉄の扉が開き、そこから一人の「男」が姿を現した。


 逆光で顔は見えない。

 だが、そのシルエットから漂うオーラは、レイナの肌を粟立たせた。

 

(……人間? まさか……この魔境(S区)に住んでいるというの!?)


 男は、ゆっくりと一歩を踏み出した。

 ボロボロの灰色の衣(※ユニクロのジャージ)を纏い、足元には異界の靴(※便所サンダル)。

 そして右手には、網目状の奇妙な形状をした武器(※ハエ叩き)が握られている。


 何より異様なのは、その纏う空気だ。

 目の前にSランクの怪物がいるというのに、彼からは「恐怖」も「闘志」も感じられない。

 あるのはただ、底知れないほどの——『無関心』。


 男は、眩しそうに空を見上げ、不機嫌そうに呟いた。


「……あー、眩しっ」


 その声は、あまりにも日常的で。

 この地獄のような戦場において、圧倒的な異物感を放っていた。


『グ?』


 オーガが困惑したように唸る。

 獲物が増えたと思ったのか、それとも本能的に「格の違い」を感じ取ったのか。


 男の視線が、ゆっくりと下りてくる。

 そして、地面に倒れ伏すレイナと、その前に立つオーガを捉えた。


 レイナと目が合う。

 男の眉間に、深いシワが刻まれた。


(ひっ……! 殺される……!?)


 レイナは戦慄した。

 その目は、オーガよりも遥かに恐ろしい、「面倒くさいものを見てしまった」という絶対強者の眼差しだったからだ。


 ——一方その頃、男(相葉湊)の心中。


(うわぁ……マジかよ。やっぱり人、いたわ)


 俺は内心で頭を抱えていた。

 三年ぶりの外出。

 一歩目にして、庭に見知らぬ女性が倒れている。しかもなんか金属の服を着たコスプレイヤーっぽい人だ。


 そして、その前にはデカい猿……いや、野良犬か?

 なんか棍棒みたいなの持ってるけど、最近の野犬は武装してるのか?


(関わりたくねぇ……)


 俺のコミュ障スキルが警鐘を鳴らしている。

 あれ絶対、カップルの痴話喧嘩か、ヤンキーの抗争だろ。

 目を合わせちゃダメだ。合わせたらカツアゲされる。


 俺の目的は、母屋のルーターを再起動すること。それだけだ。

 ネットさえ復活すれば、すぐに部屋に戻れる。


 だから、俺は決めた。

 「見なかったことにして、さっさと通り過ぎよう」と。


 俺は顔を引きつらせながら(レイナ視点:鬼のような形相で)、二人の間を素通りしようとした。


『グオオオオオオオオッ!!(無視するな矮小な人間がァァァ!!)』


 しかし、空気を読まない野良犬オーガが、俺に向かって唾を飛ばしながら吠えてきやがった。

 鼓膜が破れそうなほどの大音量。

 唾液が俺のジャージにかかる。


 ——プツン。


 俺の中で、何かが切れる音がした。


「……おい」


 俺は足を止め、ゆっくりと野良犬を見上げた。


「シッ。静かにしろよ。近所迷惑だろ」


 俺は右手に持ったハエ叩きを構えることなく、左手の人差し指を立てた。

 そして、しつけのつもりで、そのデコに向けて軽く指を弾いた。


 そう、ただのデコピンだ。

 ハエ叩きを使うまでもない。


「あっち行け」


 パチンッ。


 軽い音が響く。

 ……はずだった。

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