第29話:配達員の覚醒 〜そのお茶、神話級につき〜
ブォォォォォォォン……。
相葉邸の門前。
アイドリング音を響かせる漆黒の配送トラック『ブラック・バイソン号』の運転席で、剛田猛はハンドルを握りしめたまま震えていた。
身体が、熱い。
先ほど、依頼主(相葉湊)から「チップ代わり」に渡されたペットボトルのお茶。
それを一口飲んだ瞬間から、体内で何かが爆発していた。
「……なんだ、これは……」
剛田は、自分の身体を見下ろした。
現役時代の古傷が、見る見るうちに消えていく。
S区に来る道中でワイバーンに付けられた火傷も、掠り傷も、跡形もなく再生している。
それだけではない。
疲労困憊だった筋肉が、ポンプで膨らませたように張り詰め、血管の中をマグマのような力が駆け巡っているのだ。
「鑑定……!」
剛田は震える手で、飲みかけのペットボトルにスキルを使用した。
元Sランク探索者としての本能が、これは「ただのお茶」ではないと告げている。
ピロンッ。
網膜にステータスウィンドウが表示された。
【名称:自家製ハーブティー(相葉製)】
【ランク:神話級(Mythology)】
【原材料:世界樹の若葉、聖域の湧き水、微炭酸】
【効果:HP/MP完全回復、状態異常全解除、寿命延長(+50年)、ステータス限界突破】
「ぶっ……!?」
剛田はサングラスを吹き飛ばしそうになった。
せ、世界樹!?
あの伝説上の植物を、煮出しただと!?
しかも「微炭酸」ってなんだ。喉越しを追求してるのか?
「あの方は……俺のような一介の運び屋に、国宝どころか『神の血』を与えたというのか……!」
剛田の目から涙が溢れる。
チップ代わりと言っていた。
「道中長いから」と、気遣ってくれた。
その慈悲の深さに、剛田の魂が打ち震える。
「……確認するぞ。俺のステータスを」
剛田はゴクリと唾を飲み込み、自分自身のステータスプレートを開いた。
そこには、目を疑う数値が並んでいた。
【氏名:剛田 猛】
【職業:配送員(Sランク) → 配送神】
【レベル:99(LIMIT BREAK)】
【スキル更新】
『運転技術:S』 → 『神速操舵:EX』
『荷物保護:A』 → 『絶対配送:EX』
『剛腕:A』 → 『金剛力:SSS』
「は、配送神……!?」
職業欄がバグっている。
しかし、湧き上がる力は本物だ。
今の自分なら、トラックごと空だって飛べる気がする。
「ありがとうございます……相葉様……!」
剛田は相葉邸に向かって合掌した。
あの方は、俺に力を与えてくださった。
ならば、その期待に応えるのがプロの仕事だ。
「行くぞオラァァァァッ!! 次の配送先が待ってるんだよォォッ!!」
剛田がアクセルをベタ踏みする。
ズギャアアアアアアッ!!
ブラック・バイソン号が、ロケットのような加速で飛び出した。
タイヤが青い炎を上げ、車体が光の矢となってS区の廃墟を駆け抜ける。
帰り道。
行きにあれほど苦戦した「死の森」が、まるで舗装された高速道路のように感じられた。
『ギャアアアッ!(ワイバーン・ロード出現!)』
上空から、再び飛竜が襲いかかってくる。
だが、剛田は鼻で笑った。
「遅ぇ!!」
剛田はハンドルを切りながら、窓から素手で拳を突き出した。
スキル『金剛力』発動。
放たれた拳圧が衝撃波となり、空中のワイバーンを粉砕する。
ドォォォォンッ!!
ワイバーンは悲鳴を上げる間もなく、花火のように散った。
「ヒャッハァー! 荷物は揺らさねぇ! だが敵はミンチだ!!」
覚醒した剛田のトラックは、S区の魔物たちを蹴散らしながら、記録的な速さで安全地帯へと帰還していった。
後に、彼は「伝説の運び屋」として業界で語り継がれることになるが、その力の源泉が「引きこもりの手作りジュース」であることは、誰にも明かさなかったという。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
S区の離れ、相葉湊の部屋。
「ふふふ……。ついに、この時が来た」
俺は、机の上に置かれたダンボール箱を、まるで神聖な儀式のようにカッターで開封していた。
中から現れたのは、美しいパッケージ。
『聖女アリス 1/7スケールフィギュア 完全受注生産限定版』
「うおおお……! パッケージからして神々しい!」
俺は手袋(指紋防止用)をはめ、慎重にブリスターパックを開けた。
現れたフィギュアは、息を呑むほどの完成度だった。
風になびく金髪の表現、慈愛に満ちた表情、そして聖衣の細やかな装飾。
どこから見ても芸術品だ。
「さすが三万円。クオリティが違うな」
俺はフィギュアを手に取り、部屋の一番いい場所——PCモニターの横の飾り棚に安置した。
ここなら、ゲーム中いつでも目が合う。
最高の癒やし空間の完成だ。
「よしよし。アリスちゃん、今日からここが君の家だよ」
俺はフィギュアに話しかけるという、はたから見れば危ない行動を取りつつ、満足げに頷いた。
——だが。
俺は気づいていなかった。
この部屋が、世界最高濃度の魔素が充満する「ダンジョン・コアルーム」であることを。
そして、俺がフィギュアを置いたその場所が、魔力の収束点の真上であることを。
シュゥゥゥ……。
俺がトイレ(早速届いたペーパーを使うため)に立った隙に。
部屋中の魔素が、フィギュアに向かって吸い寄せられていく。
プラスチックの瞳に、微かな光が宿る。
命なきモノに魂が宿る現象——『付喪神』化。
あるいは、ダンジョンにおける『ゴーレム生成』。
俺がトイレから戻ってきた時。
部屋の空気が、少しだけ変わっていた。
「……ん?」
俺は首を傾げた。
棚に置いたはずのアリスちゃんが、さっきと少し違う角度を向いているような?
気のせいか。
振動で動いたのかな。
「ま、いっか。アリスちゃん、留守番よろしくね」
俺は能天気に声をかけ、再びゲームの続きを始めた。
——その背後で。
フィギュアの首が、コクリと動いたことになど、気づくはずもなく。




