第28話:お疲れ様です、お茶でもどうぞ 〜チップ代わりが重すぎる〜
ピンポーン。
軽やかなチャイムの音が、S区の静寂を破った。
俺、相葉湊は、PCの前からガバッと立ち上がった。
「来た! 俺のフィギュアとトイレットペーパー!」
待ちに待った瞬間だ。
昨日の今日で届くなんて、やっぱり日本の物流は世界一だ。
俺はウキウキしながら玄関へと向かった。
ガチャリ。
鍵を開け、重い鉄の扉を押し開ける。
「はーい、ご苦労さ……」
挨拶をしようとした俺の言葉は、途中で止まった。
目の前に立っていたのは、身長二メートル近い巨漢。
スキンヘッドにサングラス。
そして、その服(配送ユニフォーム)はあちこちが破れ、煤と油と、なんか赤い塗料(返り血?)でドロドロに汚れていたからだ。
「…………」
俺は一瞬、ドアを閉めようかと思った。
怖い。見た目が怖すぎる。
世紀末のモヒカンかと思った。
だが、男の胸元には『YAMAZON』のロゴが輝いている。
手には、見覚えのあるダンボール箱。
間違いなく配達員さんだ。
(……すごいな。これが『エクストリーム配送』か)
俺は感心した。
S区は道が悪いし、雑草も生い茂っている。
ここまで来るのに、泥だらけになってしまったのだろう。
赤いのは……なんだろう、ペンキ塗り立ての看板でも擦ったのかな?
「あ、相葉湊様……ですか?」
男が口を開いた。
低く、地を這うような声。
だが、その声は微かに震えていた。
サングラスの奥の瞳が、俺を凝視しているのが分かる。
「はい、そうです。配送、ありがとうございます」
俺はなるべく明るく振る舞った。
コミュ障だが、働く人への感謝は忘れない。それが俺のポリシーだ。
「ハンコ、ここでいいですか?」
俺は差し出された端末に電子サインをした。
男の手は、ごつごつしていて傷だらけだ。
苦労してるんだなぁ。
「……荷物、こちらになります」
「うわ、重そう。あ、そこに置いておいてください」
男は、まるで爆発物でも扱うかのような慎重さで、ダンボールを玄関に置いた。
箱には傷一つない。
自分はボロボロなのに、荷物は完璧に守っている。
プロだ。この人はプロの運び屋だ。
俺は感動した。
そして、男の背後にあるトラックを見て、さらに驚いた。
漆黒の装甲車みたいなトラック。
タイヤは巨大だし、屋根にはガトリング砲みたいな飾りまでついている。
(かっけぇ……! 映画のセットみたいだ!)
最近の配送トラックって、こんなカスタムも許されるのか。
デコトラの一種かな?
男の趣味なのかもしれない。
「あの……お代金は『魔石払い』で承っておりますが……」
男が恐縮そうに切り出した。
そうだ、支払いをしなきゃ。
「あ、はい。ちょっと待ってくださいね」
俺はジャージのポケットを探った。
あったあった。
昨日、コンビニで突き返された例のビー玉(災厄級魔石)。
「これで足りますか? お釣りはいいんで、ポイントか何かにしておいてください」
俺は無造作に、男の大きな掌にビー玉を乗せた。
ビクッ!!
男の体が跳ねた。
まるで、焼けた鉄球を乗せられたかのように。
「こ、これは……純度100%の……S級核……!?」
「え? あ、はい。なんか落ちてたやつなんで」
男は震える手でビー玉を握りしめ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
そんなに喜んでもらえるとは。
やっぱり、これマニアの間では高いのかな。
用事は済んだ。
男は深く一礼して帰ろうとする。
でも、俺は気になっていた。
男の額から滝のように流れる汗。
そして、荒い呼吸。
S区は今日も暑い。
ここまで来るのに、相当な重労働だったはずだ。
(……このまま帰すのは、なんか悪いな)
俺は呼び止めた。
「あ、ちょっと待ってください」
「ッ!? は、はいっ!!(命乞いの構え)」
男がバッと振り返る。
なんでそんなにビビってるんだ。
「喉、乾いてません? よかったらこれ、飲んでください」
俺は玄関の靴箱の上に置いてあったペットボトルを手に取った。
さっき冷蔵庫から出しておいたやつだ。
ラベルはない。
中身は、庭の雑草(※世界樹の若葉)と、裏山の湧き水(※聖水)で作った、自家製ハーブティーだ。
ちょっと甘くてシュワシュワする。
「冷えてるんで。道中長いでしょうし」
俺はペットボトルを男に押し付けた。
「え……? い、いただけるのですか……?」
「チップ代わりです。いつもご苦労さまです」
男は、まるで聖杯を授かった騎士のように、両手でペットボトルを受け取った。
サングラスが少しズレて、充血した目が見える。
泣いてる?
そんなに喉乾いてたのか。
「あ、ありがとうございます……! この御恩は……!」
「いやいや、ただのお茶なんで。じゃ、気をつけて」
俺は笑顔で手を振り、ドアを閉めた。
バタン。
ガチャン、ガチャン。
「ふぅ。いいことした後のフィギュア開封は格別だぞ」
俺は鼻歌交じりに、カッターナイフを取りに行った。
ドアの向こうで、男が腰を抜かしていることなど知る由もなく。
◇ ◇ ◇
——ドアの外。
剛田猛は、膝から崩れ落ちていた。
右手には、国家予算級の魔石。
左手には、ラベルのないペットボトル。
だが、剛田の視線はペットボトルに釘付けだった。
中に入っている黄金色の液体。
蓋を開けていないのに、そこから漏れ出る香りが、剛田の鼻腔をくすぐる。
(……なんだ、これは……)
ただの匂いではない。
嗅いだだけで、全身の疲労が霧散し、先ほどワイバーンとの戦闘で負った傷がみるみる塞がっていく。
剛田は、震える手で蓋を開けた。
プシュッ。
炭酸の音と共に、金色の粒子が舞い上がる。
一口、飲んでみる。
ドクンッ!!
心臓が早鐘を打った。
いや、全身の細胞が歓喜の歌を歌い出したのだ。
美味い。
美味すぎる。
そして、力が——無限の活力が湧いてくる!
【システムログ:『神々の蜜酒』を摂取しました】
【全ステータスが上昇しました】
【スキル『剛力』が『金剛力』に進化しました】
【寿命が50年延びました】
「…………」
剛田は、空になったペットボトルを見つめ、天を仰いだ。
お茶?
これが?
これは、神話に出てくる不老不死の霊薬そのものではないか。
「あの方は……俺のような汚れ仕事の人間に、これほどの秘薬を……」
剛田の目から、大粒の涙が溢れ出した。
チップ代わりと言った。
その気軽さが、逆に恐ろしい。
あの方にとって、この奇跡の霊薬は「ただのお茶」に過ぎないのだ。
「うおおおおおおッ!!」
剛田は吼えた。
力がみなぎる。
今の俺なら、ドラゴンだろうが素手で引き裂ける気がする!
「誓うぞ……! 俺は一生、あの方専属の運び屋になる!」
「ヤマゾンの社訓にかけて、卵一つ割らずに届けてみせるッ!!」
剛田はトラックに飛び乗った。
エンジン音が、先ほどよりも力強く響く。
帰り道。
行きにあれほど苦戦したS区の魔物たちは、覚醒した剛田のトラック(と、彼から溢れ出る神の加護)に恐れをなし、蜘蛛の子を散らすように逃げていったという。
こうして、最強の引きこもりの元に、最強の物流ラインが開通した。
——だが、湊の受難は終わらない。
届いたフィギュアを開封した瞬間、またしても「規格外」の現象が起きようとしていた。




