第26話:インターホンは二度鳴る 〜送料50万円のトイレットペーパー〜
カチッ、カチッ、カチッ。
深夜のS区、相葉邸。
世界を震撼させた「サンダル事件」から一夜明け、俺——相葉湊は、PCモニターの前で真剣な眼差しを向けていた。
「……出た。ついに予約開始だ……!」
画面に映し出されているのは、とある美少女フィギュアの商品ページ。
『聖女アリス 1/7スケール 完全受注生産限定版』。
透き通るような金髪、慈愛に満ちた微笑み、そして風になびく聖衣の造形美。
価格は29,800円。
「高い……。だが、買う価値はある!」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
昨日の今日だ。
プリンを失い、サンダルを失い、精神的に傷ついた俺には、これくらいの癒やしが必要なのだ。
「よし、カートに入れる。……あ、ついでに日用品も買っておくか」
引きこもりにとって、ネット通販は生命線だ。
外に出ずに物資が届く。これほど素晴らしいシステムはない。
俺はついでに、在庫が切れかけているトイレットペーパー(ダブル)と、箱買いのカップ麺、そして昨日片方を投げ捨ててしまった便所サンダルをカートに放り込んだ。
「さて、お会計と……」
購入手続き画面へと進む。
配送先住所は、もちろんここ『東京都S区』だ。
すると、画面に見慣れない赤字の警告ポップアップが表示された。
【警告:配送先は『特別危険指定区域(Sランク)』です】
【通常配送は利用できません。特別オプション『エクストリーム配送』が適用されます】
「……ん? エクストリーム配送?」
俺は首を傾げた。
なんだそれ。新しいサービスか?
最近は物流業界も人手不足だって聞くし、過疎地への配送は特別扱いなのかな。
その下に、手数料が表示されていた。
【エクストリーム配送手数料:¥500,000】
「…………は?」
俺は二度見した。
ごじゅうまんえん?
フィギュアとトイレットペーパー運ぶだけで?
「高っけえええええええ!!」
俺は椅子から転げ落ちそうになった。
ボッタクリだろ!
フィギュアの値段の20倍近いじゃねーか!
「……いや、待てよ」
俺は冷静になった。
ここはS区だ。
窓の外を見れば、廃墟と化した街並み。たまに通り過ぎる野犬。
配達員さんも命がけだ。
危険手当と考えれば、妥当なのかもしれない(感覚麻痺)。
「それに、今の俺には『アレ』があるしな」
俺はデスクの引き出しを開けた。
そこには、以前部屋の掃除をした時に出てきた「綺麗なビー玉」が、あと数個転がっている。
先日、コンビニで支払いに使ったら、店ごと買収できると言われたアレだ。
俺が利用しているこの通販サイト『YAMAZON』は、最近になって「魔石払い」に対応したとニュースで見た。
探索者向けのサービスらしいが、一般人の俺でも使えるはずだ。
「このビー玉一個で、確か50億円くらいの価値があるんだっけ?」
なら、50万円なんて端数みたいなもんだ。
お釣りはポイントで貰えばいい。一生分のトイレットペーパーが買えるぞ。
「よし。ポチっとな」
俺は軽い気持ちで、[注文を確定する] ボタンをクリックした。
カチッ。
画面に表示される『ご注文ありがとうございました』の文字。
そのワンクリックが、物流業界に激震を走らせることになるとは知らずに。
◇ ◇ ◇
——同刻、巨大物流倉庫『ヤマゾン・プライムセンター東京』。
広大なフロアに、無機質な機械音と作業員の足音が響く。
ここは日本中の物資が集まる、物流の心臓部だ。
その管制室で、突如としてけたたましい警報音が鳴り響いた。
ウゥゥゥゥゥゥゥン!! ウゥゥゥゥゥゥゥン!!
「な、なんだ!? 火災か!?」
「違います! 受注システムからの緊急アラートです!」
「コード・レッド! 配送先レベル『S』! 特級危険区域からの注文が入りました!」
オペレーターの悲鳴に近い報告に、センター長がコーヒーを吹き出した。
「ブッ!! S区だとォ!?」
センター長は血相を変えてメインモニターに駆け寄った。
地図上のS区——通称『魔境』の中心に、赤いピンが立っている。
「馬鹿な……あそこは無人地帯のはずだぞ! 誰が注文したんだ!」
画面には、注文者の名前が表示されている。
【氏名:相葉 湊】
【注文内容:美少女フィギュア、トイレットペーパー、他】
【支払方法:S級魔石(即時決済完了・査定額52億円)】
「ご、ごじゅうにおく……!?」
センター長は膝から崩れ落ちた。
いたずら注文ではない。
先払いで、国家予算並みの金額が振り込まれている。
つまり、これは本気の依頼だ。
「相葉湊……聞いたことがある。昨日の『S区爆発事故』の中心地に住んでいるという、謎の男……」
「ネットで噂の『ジャージの悪魔』か、あるいは『S区の魔王』か……」
フロアがざわつく。
誰が配送するんだ?
S区なんて、入った瞬間にドラゴンに焼かれるか、瘴気で肺が腐るかの二択だぞ。
トイレットペーパーを届けるために命を捨てるドライバーなんて、どこにいる?
「……お断りしろ! キャンセルだ!」
センター長が叫ぶ。
だが、システムが無慈悲な音を告げた。
ピピッ。
【キャンセル不可:S級魔石による契約は絶対遵守です】
「くっ……! 終わった……ウチの社員を殺す気か……!」
絶望的な空気が管制室を包む。
だが、その時。
通信回線に、低く太い男の声が割り込んだ。
『——俺が行く』
管制室の全員が振り返る。
モニターに映し出されたのは、地下駐車場に待機している一台の巨大な車両。
装甲車のような漆黒のボディ。
対モンスター用のガトリング砲を搭載した、配送トラック『ブラック・バイソン号』だ。
運転席から降りてきたのは、丸太のような腕を持つ、スキンヘッドの巨漢。
顔には歴戦の傷跡。
背中には『YAMAZON』のロゴが入った配送ジャケット(特注サイズ)。
「ご、剛田さん!?」
センター長が叫んだ。
剛田猛。45歳。
かつてSランク探索者として最前線で戦い、引退後は「スリルと高給」を求めて配送業界に殴り込みをかけた、伝説の運び屋。
「S区……久しぶりに骨のある現場じゃねえか」
剛田はニヤリと笑い、愛用の合金製ダンボールカッターを親指で弾いた。
「俺に任せな。魔王だろうが神だろうが、時間指定通りに届けてやるのがプロの仕事だ」
「剛田さん……!」
センター長は涙ぐんだ。
だが、荷物はフィギュアとトイレットペーパーだ。
そのシュールな事実に誰もツッコめないほど、彼らの覚悟は悲壮だった。
「荷積みを急げ! 『エクストリーム配送』、出発だ!」
剛田の咆哮と共に、エンジンが爆音を上げる。
目指すは地獄の一丁目、S区。
——こうして。
たかが日用品を届けるためだけに、日本の物流の威信をかけた決死の作戦が幕を開けた。
一方、注文した湊は。
「あー、明日届くのか。早いなぁ」
PCの前で、のんきに鼻歌を歌っていた。
「魔石払い」の残高(約51億9950万円)がポイントとして還元され、実質ヤマゾンを半分くらい買収したことになっているのだが、彼はまだ気づいていない。




