第20話:帰り道はパレードのように 〜モーゼの十戒(物理)〜
「あ、ありがとうございましたぁぁぁぁぁッ!!」
「神様! 一生ついていきますぅぅぅぅッ!!」
店長と店員さんの絶叫にも似た感謝の言葉を背に、俺たちはコンビニを後にした。
自動ドアを出た瞬間、夜風が頬を撫でる。
俺の両手には、パンパンに膨れ上がったレジ袋が二つ。
中身は、愛しの『コンソメパンチ』五袋と、『シーフードヌードル』三つ、そして『コーラ』のペットボトルが数本、おまけしてもらった『プリン』。
「……重っ」
物理的な重さではない。
命(食料)の重みだ。
俺は今、世界で一番尊い荷物を運んでいる。
「あの、師匠。お荷物、私がお持ちします!」
隣を歩くレイナちゃんが、心配そうに手を差し伸べてきた。
フルプレートアーマーを着ているのに、足取りは軽い。さすがコスプレに命をかけているだけある。
「いや、大丈夫。これは俺の戦利品だから」
俺は断った。
自分の食い扶持は自分で運ぶ。それがニートの流儀だ。
それに、レイナちゃんにはここまで護衛についてもらったんだ。これ以上甘えるわけにはいかない。
「さあ、帰ろう。S区の我が家へ」
「ハッ! 周囲警戒、厳に行います!」
俺たちは再び、暗闇に包まれたS区への道を歩き始めた。
◇ ◇ ◇
帰り道。
S区の境界線を越え、廃墟エリアに入った頃だった。
(……ん? なんか、袋の中が光ってないか?)
俺はふと、右手のレジ袋に違和感を覚えた。
白いビニール袋の底から、ぼんやりと赤い光が漏れている。
ガサゴソと中を覗き込む。
ポテチの袋の隙間に、さっき払ったはずの「ビー玉」が入っていた。
しかも、丁寧に『御礼』と書かれたのし紙に包まれて。
「あれ? 店長さん、返しちゃったのか」
俺は苦笑いした。
やっぱり、ビー玉じゃ支払いにならなかったんだ。
でも商品はくれた。
あの店長さん、いい人すぎるだろ。今度ちゃんとしたお金を持って返しに行こう。
「ま、綺麗だからいっか。懐中電灯代わりになるし」
俺は気にせず、袋をぶら下げて歩き続けた。
——だが。
俺にとっての「懐中電灯」は、S区の住人たちにとっては、「核弾頭の起動ランプ」に等しかった。
ザッ、ザッ、ザッ。
俺が歩くたびに、レジ袋の中の魔石が揺れる。
そのたびに、致死レベルの魔力波動が同心円状に拡散していく。
ギャアアアアッ!?
グルルル……キャンッ!
前方の闇から、悲鳴が聞こえた。
目を凝らすと、道路を塞ぐようにたむろしていた野犬の群れや、空を飛んでいた巨大なコウモリ(キラーバット)たちが、慌てふためいて逃げ惑っているのが見えた。
それだけではない。
俺が進む方向にある瓦礫の山や、茂みの中に潜んでいた魔物たちが、まるでモーゼの十戒のように左右に割れて道を開けていく。
ザザザザザッ!!
一斉にひれ伏すように、道の端へ退避する魔物たち。
「……お?」
俺は目を丸くした。
なんだこれ。
行きはあんなに殺気立っていたのに、帰りはえらく静かだ。
というか、みんな俺を避けていく。
「今日は動物たちの集会でもあったのかな? 解散の時間?」
それとも、さっきのヤンキーたちが暴れたせいで、動物も怖がっているのかもしれない。
なんにせよ、ラッキーだ。
「運がいいな。これなら襲われる心配もない」
俺は鼻歌交じりに、魔物たちが作った花道を悠々と歩いていった。
その隣で、レイナちゃんが戦慄の表情を浮かべていることにも気づかずに。
(……ありえない)
レイナは、呼吸を忘れていた。
彼女の『危険察知』スキルは、周囲に数百体の魔物がいることを告げている。
中にはBランク、Aランク相当の強力な個体も潜んでいるはずだ。
だが、それら全てが。
師匠の姿を見た瞬間——いや、彼が持つ「レジ袋」の波動を感じた瞬間に、戦意を喪失している。
(王の行進……! これが、S区の支配者の帰還……!)
恐怖による支配ではない。
圧倒的な「格」の違いによる、生物としての恭順。
師匠は、ただコンビニから帰っているだけ。
それだけで、魔境の生態系が道を譲るのだ。
「……やはり、私はとんでもないお方について来てしまったのね」
レイナは、前を歩くジャージの背中を見つめた。
その背中は、どんな英雄よりも大きく、頼もしく見えた。
◇ ◇ ◇
そして。
俺たちは無事に、我が家(ダンジョン最深部)へと帰還した。
「ふぅ〜! 着いたー!」
玄関のドアを開けた瞬間、実家のような安心感(実家だけど)に包まれる。
冷房の効いた涼しい空気。
PCのファンの音。
ああ、俺の城だ。
「レイナちゃん、ここまでありがとう。助かったよ」
「いえ! 無事のご帰還、何よりです!」
レイナちゃんは玄関先で深々と頭を下げた。
最後まで礼儀正しい子だ。
何かお礼をしなきゃな。
「これ、よかったら持っていって」
俺はレジ袋から、ポテチを一袋取り出して渡した。
五袋もあるし、一つくらいはお裾分けだ。
「えっ!? こ、こんな貴重なものを!?」
「いいっていいって。賞味期限もあるし」
「しょ、賞味期限……(神具にも寿命があるというの!?)」
レイナちゃんはポテチを聖遺物のように両手で受け取ると、「家宝にします!」と言って帰っていった。
元気な子だなぁ。
さて。
俺は一人になった部屋で、最大の儀式に取り掛かった。
電気ケトルでお湯を沸かす。
三分待つ。
蓋を開ける。
フワァァァ……。
湯気と共に立ち上る、ジャンクなシーフードの香り。
「いただきますッ!」
ズルズルッ! ハフハフッ!
「うめえええええええええッ!!」
俺は絶叫した。
これだ。この味だ。
化学調味料の暴力的な旨味。
フリーズドライのイカとカニカマの食感。
三年間、ダンジョン産の高級食材ばかり食べていた俺の舌に、現代文明の味が染み渡る。
「最高だ……。生きててよかった……」
俺はスープの一滴まで飲み干し、満足げに息を吐いた。
満腹感と共に、急激な眠気が襲ってくる。
今日は大冒険だったからな。
「……ふぁ。寝よ」
俺は歯を磨き、布団に潜り込んだ。
寝る前に、スマホでニュースをチェックする。
【速報】S区にて謎の魔力爆発を観測
【速報】コンビニチェーン『セブン』の株価がストップ高
【速報】正体不明のジャージ男、ついに国家認定か?
「……なんか、世の中騒がしいなぁ」
俺は画面をスクロールした。
S区で爆発? 物騒だね。
ジャージ男? 流行ってるのかな、そのキャラ。
「ま、俺には関係ないか」
俺はスマホを枕元に置き、目を閉じた。
明日はランクマッチの続きをしよう。
ポテチを食べながら、平和に引きこもるんだ。
——だが。
湊はまだ知らない。
彼が今日、コンビニで支払おうとした「ビー玉」の残り香を嗅ぎつけた、とんでもない怪物が、S区の結界のほころびを目指して接近していることを。
そして、その怪物が引き金となり、明日の朝、俺の平穏な引きこもりライフ(主にプリン)が脅かされることになるなんて。
今はただ、安らかな寝息だけが、最強の部屋に響いていた。




