第19話:支払いはビー玉(魔石)で 〜お釣りは国家予算です〜
深夜のコンビニのレジ前。
俺、相葉湊は、人生最大のプレッシャーと戦っていた。
レジ台の上に置かれたのは、俺の命綱。
『シーフードヌードル』『ポテトチップス(うすしお)』『コーラ(500ml)』。
以上、三点。
かつてなら五百円玉一枚でお釣りが来たはずの、ささやかな夜食セットだ。
店員のおばちゃん(パート歴10年のベテラン)が、バーコードを読み取る。
ピッ、ピッ、ピッ。
「……合計で、一万二千八百円になります」
無慈悲な宣告。
俺の財布の中身は、三千五百円。
圧倒的な資金不足だ。
(くっ……! インフレの波がここまでとは……!)
俺の額を冷や汗が伝う。
後ろには、護衛役(?)のレイナちゃんが心配そうに見守っている。
彼女に奢らせるわけにはいかない。
俺には、ニートなりの矜持があるのだ。
「あ、あの……」
俺は震える手で、ジャージのポケットを探った。
指先に触れる、冷たくて硬い感触。
一か八かだ。
この世界がRPGみたいになっているなら、物々交換の文化も復活しているはず。
「げ、現金がちょっと足りなくて……」
俺はポケットから手を出し、コイントレーの上に「それ」を置いた。
コロン。
乾いた音を立てて転がったのは、直径三センチほどの球体。
内側から燃えるような深紅の光を湛えた、綺麗なガラス玉だ。
「これで……払えませんか? ツケとか、質草とかで……」
俺はおずおずと尋ねた。
以前、部屋に出た巨大な蛾をハエ叩きで撃墜した時に落ちたヤツだ。
見た目は綺麗だし、子供のオモチャくらいにはなるだろう。
お祭りの屋台で売ってるスーパーボールくらいの価値があれば、カップ麺一個とは交換してもらえるかもしれない。
——だが。
俺の予想に反して、店内の空気が凍りついた。
◇ ◇ ◇
——店員の視点。
(……は?)
おばちゃんは、自分の目を疑った。
彼女は、近年の防犯対策として支給された『簡易鑑定グラス(Dランク相当)』を掛けている。
偽札や、危険物の持ち込みをチェックするためだ。
そのグラス越しに、トレーの上の「ビー玉」を見た瞬間。
視界が真っ赤に染まった。
【警告:測定不能(ERROR)】
【種別:S級変異種・魔核】
【属性:極大火炎】
【推定エネルギー:小型核弾頭に相当】
「ひっ……!?」
おばちゃんの喉から、悲鳴にならない音が漏れた。
ビー玉ではない。
それは、Sランクダンジョンの主クラスからしかドロップしない、伝説の魔石。
しかも、その輝きは「純度100%」。
加工すれば、首都圏の電力を一ヶ月は賄えるほどのエネルギーの塊だ。
(なんで……!? こんな国宝が、ジャージのポケットから!?)
しかも、この客は言った。
「これで払えませんか」と。
カップ麺とポテチのために、国家予算クラスの宝石を出してきたのだ。
「お、お、おお客様……ッ!?」
おばちゃんの膝がガクガクと震え出す。
怖い。
強盗よりも怖い。
もしこの石を床に落として割ったら、この店どころか隣町まで消し飛ぶ大爆発が起きる。
◇ ◇ ◇
——再び、湊の視点。
「……?」
店員さんの様子がおかしい。
顔色が真っ青だし、口をパクパクさせている。
やっぱり、ビー玉じゃダメだったか。
子供騙しすぎたかな。
「あ、やっぱりダメですよね……。ゴミですよね、こんなの……」
俺は諦めて石を回収しようと手を伸ばした。
カップ麺は諦めよう。コーラだけで我慢しよう。
その時だった。
「お待ちくだせぇぇぇぇぇッ!!!」
店の奥から、何者かがスライディング土下座で飛び出してきた。
店長だ。
名札に『店長』と書かれたおじさんが、俺の足元に額を擦り付けている。
「て、店長!?」
「お客様! いや神様! しまわないでください! その石を引っ込めないでくださいィィ!」
店長は涙ながらに叫んだ。
どうやら、奥のモニターで見ていたらしい。
「で、でも、これじゃ足りないですよね?」
「足りない!? 滅相もございません!! お釣りが出せません!!」
店長が顔を上げた。
その目は血走っている。
「当店を……いや、このコンビニチェーンごと買い取れる金額です!!」
「はい?」
俺は耳を疑った。
チェーンごと? 全国展開してるあの?
このビー玉一個で?
(……インフレって、物価が上がるだけじゃなくて、ビー玉の価値も上がってるのか?)
俺は混乱した。
まあ、あの大蛾はレアな昆虫だったのかもしれない。
標本マニアの間で高値で取引されてるとか。
「じゃあ、これで払えるんですね?」
「はい! 払えますとも! ですが、お釣りが……現金五〇億円ほど用意しなければならず……今すぐには……!」
「五〇億!?」
俺は素っ頓狂な声を出した。
マジかよ。
俺のポケット、五〇億円入ってたの?
さっきヤンキーにカツアゲされなくて本当によかった。
でも、困ったな。
お釣りがないと買えないのか?
俺は今すぐポテチが食いたいんだ。
五〇億なんて大金、持って帰るのも怖いし、銀行口座もないし。
「……あー、じゃあ」
俺は面倒くさくなって、手を振った。
「お釣り、いらないです」
「「はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」
店長と店員、そして後ろにいたレイナちゃんまでが声を揃えて叫んだ。
「い、いらない!? 五〇億ですよ!?」
「重いし、財布に入らないんで。チップってことで取っといてください」
俺は商品をエコバッグに詰め込んだ。
早く帰ってゲームがしたい。
こんな石ころ一つで揉めるのは時間の無駄だ。
「あ、その代わり」
俺は思いついたように付け加えた。
「この店にある『コンソメパンチ』、全部もらっていいですか?」
「ぜ、全部!? 棚ごと!?」
「はい。あとコーラも」
店長は震えながら、何度も頷いた。
「も、もちろんでございます!! 倉庫の在庫も全て! 今すぐトラックでご自宅まで配送させます!!」
「いや、手で持てる分だけでいいです」
俺は棚に残っていた五袋ほどのポテチを抱え、満足げに頷いた。
これで当分、食料には困らない。
「じゃ、どうも」
俺はビー玉をトレーに残したまま、自動ドアへと向かった。
背後で、店長たちが「ありがとうございましたぁぁぁぁぁ!!」と絶叫している。
ふぅ。
なんとか買えたな。
インフレって怖いけど、意外となんとかなるもんだ。
ポテチを手に入れた湊は、そんなことより「早く帰ってコーラ飲みたい」という一心で、サンダルをペタペタと鳴らして帰路につくのであった。




