第15話:荒廃した世界と、平和ボケした男 〜S区は今日も不景気です〜
ジャリ、ジャリ……。
ガシャ、ガシャ、ガシャ……。
深夜のS区。
街灯もなく、月明かりだけが照らす廃墟の道を、奇妙な二人組が歩いていた。
一人は、ゴムサンダルの音を頼りなく響かせる、灰色のジャージ男。
もう一人は、フルプレートアーマーの金属音を重々しく響かせる、銀髪の美少女。
傍から見れば、「勇者に連行される村人A」にしか見えない構図だ。
「……あのさ」
俺、相葉湊は、隣を歩くコスプレねーちゃん(レイナ)に声をかけた。
沈黙が気まずすぎたからだ。
「はいっ! なんでしょうか師匠!」
ビシッ!
レイナちゃんが歩きながら直立不動の姿勢をとる。声がデカい。
「いや、師匠って呼ぶのやめてくれない? あと、その鎧、重くないの?」
俺はエコバッグをぶら下げながら聞いた。
コンビニに行くだけなのに、そんな鉄の塊を着てくるなんて。
最近の防犯意識はどうなってるんだ。
「重くなどありません! これは私の正装ですので!」
「そ、そう……(やっぱガチのレイヤーさんなんだな)」
俺は苦笑いした。
まあ、本人がいいならいいけど。
それにしても、久しぶりに歩く地元の景色は、以前とは様変わりしていた。
道路のアスファルトはひび割れ、雑草が突き破っている。
沿道の家々は窓ガラスが割れ、壁が崩れ、ツタに覆われている。
まるで、ポストアポカリプス映画のセットみたいだ。
「うわぁ……あそこのマンション、半壊してるじゃん」
俺は指差した。
かつては高級マンションだった建物が、巨大な爪痕のような亀裂が入って傾いている。
「ここら辺も、空き家が増えたねぇ。過疎化が進んでるのかな」
俺はしみじみと呟いた。
不景気だなぁ。
大家さんも管理が大変だろうに。
日本経済の衰退を肌で感じるよ。
——だが、俺の隣で、レイナちゃんは息を呑んでいた。
◇ ◇ ◇
銀条レイナの視点。
(……過疎化? 不景気?)
レイナは耳を疑った。
目の前にある半壊したマンションは、三年前の「大氾濫」の際、Sランク魔物『ベヒーモス』の突進を受けて倒壊した、S区最大の悲劇の象徴だ。
当時はニュースで連日報道され、数百人の死傷者が出た場所でもある。
それを、あの方は。
「不景気」の一言で片付けた。
(……なるほど。そういうことですか)
レイナの中で、新たな解釈が生まれた。
あの方にとって、ベヒーモスによる破壊など、経済の波による店舗の入れ替わり程度の「些事」に過ぎないのだ。
『盛者必衰』。
形あるものはいつか壊れる。
あの方は、この廃墟の景色の中に、諸行無常の理を見ているのだわ……!
「……師匠の眼には、世界の真理が見えているのですね」
「え? いや、ただの感想だけど」
湊がキョトンとしている。
その無垢な瞳に、レイナはさらなる畏敬の念を抱いた。
その時だった。
グルルルル……!
前方の闇から、複数の赤い目が光った。
殺気。
レイナの『危険察知』が警鐘を鳴らす。
「敵影確認! 前方十二時方向!」
レイナは瞬時に背中の大剣に手をかけた。
現れたのは、狼型の魔物『ヘルハウンド』の群れ。
ランクはCだが、集団で襲いかかってくる厄介な相手だ。
「師匠、お下がりください! 私が露払いを——」
レイナが前に出ようとした瞬間。
「あー、いいよいいよ」
湊が、ペタペタとサンダルを鳴らして前に出た。
武器(ハエ叩き)すら構えていない。
左手のエコバッグを揺らしながら、面倒くさそうに溜息をつく。
「もう……。野犬が多いなぁ、この町は」
湊は、群れに向かって一瞥もくれず、ただ真っ直ぐに歩き続けた。
その全身から——どす黒いオーラが噴出した(ように見えた)。
——実際には、湊の心情はこうだ。
(うわ、野犬だ。狂犬病とか持ってたら怖いな。でも逃げると逆に追ってくるって言うし、堂々としてれば去るだろ。ていうか早くコンビニ行ってポテチ食いたい。腹減った。邪魔すんな)
この「空腹によるイラ立ち」と「ポテチへの執着」。
そして、三年間S区の魔素を浴び続けた肉体から漏れ出るプレッシャー。
それが混ざり合い、魔物たちにはこう伝わった。
『失せろ。さもなくば、喰うぞ』
キャインッ!!
先頭のヘルハウンドが悲鳴を上げた。
食物連鎖の頂点に立つ捕食者の気配。
本能的な恐怖が、群れ全体に伝播する。
ガサガサッ!
魔物たちは尻尾を巻いて、蜘蛛の子を散らすように闇へと逃げ去っていった。
「……よし。行ったか」
湊はホッとした。
やっぱり、堂々としてれば襲ってこないんだな。動物の習性ってやつだ。
「行こう、レイナちゃん。ポテチが俺を待ってる」
「は、はい……!」
レイナは、冷や汗を拭いながらその後ろ姿を見つめた。
(剣すら抜かない……。ただの「歩行」で、殺気だけで魔物を退けた!?)
覇気。
王者の風格。
あの方が通る道は、魔物にとっての「死のロード」なのだ。
「(この人の護衛なんて、私ごときに務まるのかしら……)」
そんな不安を抱きつつ、レイナは湊の後を追った。
やがて。
廃墟を抜けた先に、まばゆい光が見えてきた。
「おお……! 文明の光だ!」
湊が声を弾ませる。
隣町(安全地帯)の街灯だ。
そして、その先には二十四時間営業のコンビニがある。
「やっと着いた……。長かった……」
湊は感動していた。
わずか二十分の道のりが、彼にとっては南極大陸横断にも等しい大冒険だったのだ。
だが。
安全地帯の入り口には、有刺鉄線と検問所が設置されている。
そしてそこには、魔物よりも厄介な「人間」たちが屯していた。
「おいおい、見ろよあの姉ちゃん」
「すげー装備。コスプレか? 金持ってそうじゃね?」
「隣のジャージ男はなんだ? ヒモか?」
ガラの悪い男たちが、ニヤニヤしながら道を塞ぐ。
探索者崩れのチンピラ集団だ。
湊の足がピタリと止まる。
「……ひっ」
魔物には動じなかった男が、人間を見た瞬間に小鹿のように震え出した。
「や、ヤンキーだ……! カツアゲされる……!」
——最大の試練(対人トラブル)が、幕を開けようとしていた。




