第14話:引きこもり、食糧危機に直面す 〜深夜のコンビニは遠すぎる〜
数日後。深夜二時。
草木も眠る丑三つ時、S区の離れに、絶望的な呻き声が響いた。
「……ない」
俺、相葉湊は、空っぽの棚の前で膝をついていた。
ゲーミングチェアから転げ落ちるようにして確認したが、現実は非情だった。
「ポテチが……在庫切れだ……!」
俺は頭を抱えた。
引きこもりにとって、深夜の炭水化物は酸素と同じくらい重要だ。
ゲームのロード時間にパリッ。動画を見ながらパリッ。
その背徳的な塩分と油分こそが、俺の生命活動を支えていると言っても過言ではない。
「……冷蔵庫には?」
俺は一縷の望みをかけて冷蔵庫を開けた。
中に入っているのは、以前倒したブラックドラゴンの『熟成肉(ステーキ用)』と、スライムから抽出した『高級ゼリー(魔力水)』。
あとは、世界樹の葉っぱで包まれた『エルフのおにぎり(保存食)』だ。
「違うんだよなぁ……」
俺は溜息をついた。
これらは確かに美味い。
食べれば体の底から力が湧いてくるし、肌もツヤツヤになる。
だが、今の俺の舌が求めているのは、そんな高尚な自然食品じゃない。
もっとこう、科学の力で作られた味!
化学調味料(MSG)たっぷりのパウダー!
体に悪いと分かっていても止まらない、あのジャンクな刺激なんだ!
「……買いに行くか?」
俺は窓の外を見た。
漆黒の闇。
S区は街灯も少ないし、廃墟だらけだ。
幽霊とか出そうだし、最近は治安も悪い(例:武装したコスプレイヤーとか、野良犬とか)。
最寄りのコンビニまでは、ここから歩いて二十分。
S区の境界線を越えて、隣町の「安全地帯」まで行かなければならない。
「無理だ。一人じゃ怖くて行けない」
俺は即座に首を振った。
引きこもりの俺が、深夜に一人で外出? 自殺行為だ。
ヤンキーに絡まれたらどうする。カツアゲされたらどうする。
諦めて寝ようか。
いや、この空腹感を抱えたままでは眠れない。
「誰か……一緒に行ってくれる人がいれば……」
ボディーガードとまでは言わないが、魔除け(ヤンキー除け)になってくれるような、強そうな人が。
……ん?
強そうな人?
俺の脳裏に、数日前の記憶が蘇った。
銀色の鎧を着て、剣を持っていた女性。
やたらと礼儀正しくて(土下座するくらい)、俺の連絡先をしつこく聞いてきた人。
「……あ」
俺はポケットからスマホを取り出した。
連絡先リストを開く。
一件だけ登録されている名前。
『コスプレの人(要注意)』
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
この人、確か「剣聖」とかいう痛いハンネを使ってたし、見た目は強そうだった。
それに、「決して邪魔はしません」とか言ってたし、恩を売りたがっていた。
(……これ、頼めるんじゃね?)
深夜に呼び出すのは悪い気もするが、向こうは「いつでも連絡ください!」みたいなテンションだった。
コンビニへの道案内くらいなら、喜んでやってくれるかもしれない。
それに、あの鎧姿なら、ヤンキーもビビって寄ってこないだろう。
「よし。ダメ元で送ってみるか」
俺はメッセージアプリを開き、フリック入力で文章を打ち込んだ。
あくまで軽く。重くならないように。
送信:『今からコンビニ行くんだけど、暇? よかったらついてきてほしい(震え声)』
最後にかっこ書きで心情を添えておくのが、コミュ障なりの謙虚さアピールだ。
送信ボタンを押す。
ピロン♪
既読。
……え? 一秒?
深夜二時だぞ?
受信:『承知いたしました!!!!! 直ちに向かいます!!!!!(土下座のスタンプ)』
「早っ!?」
俺はスマホを取り落としそうになった。
即レスにも程がある。
しかもビックリマーク多すぎだろ。テンション高いなこの人。
「ま、まあ、来てくれるなら助かるか」
俺は着替えることにした。
いつものジャージに、サンダル。
財布と、エコバッグ。
一応、護身用にハエ叩きも腰に差しておく。
「よし、久々のシャバの空気だ。ポテチのためならエンヤコラ」
俺は意気揚々と玄関へ向かった。
◇ ◇ ◇
一方、港区のタワーマンション。
「緊急指令……キタァァァァァァァッ!!」
銀条レイナは、ベッドから跳ね起きた。
枕元に置いていたスマホが、『Grand Master(神)』からの通知を告げた瞬間、彼女の意識は覚醒した。
メッセージを確認する。
『今からコンビニ行くんだけど、暇? よかったらついてきてほしい(震え声)』
「震え声……!?」
レイナの脳内回路がフル回転する。
あの方ほどの絶対強者が、コンビニごときで震えるはずがない。
つまり、これは暗喩だ。
『コンビニ(=物資調達)』
『ついてきてほしい(=護衛任務)』
『震え声(=武者震いするほどの激戦が予想される)』
「解読完了……!」
レイナの表情が引き締まる。
これは、ただの買い物ではない。
S区の境界線付近に巣食う、未知なる脅威の討伐任務だ。
あの方は、その随伴者として私を選んでくださったのだ!
「暇? などと謙遜を……! たとえ魔王討伐の最中だろうと駆けつけますとも!」
レイナはクローゼットを開け放った。
普段着? 論外だ。
この任務には、最強の装備で挑まねばならない。
彼女は手早く着替えた。
ミスリルのフルプレートアーマー。
背中には、対ドラゴン用の大剣『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』。
腰には予備の短剣と、ポーションポーチ。
完全武装である。
「待っていてください、師匠。この銀条レイナ、全身全霊をもってお守りします!」
レイナは窓を開け、夜の闇へと飛び出した。
マンションの壁を蹴り、ビルからビルへと飛び移る。
タクシーなど待っていられない。
自身の脚力で走った方が早い。
目指すはS区。
神の待つ場所へ。
◇ ◇ ◇
十分後。
S区の相葉邸、門前。
「……遅いな」
俺は門柱に寄りかかり、あくびをしていた。
やっぱり、こんな深夜に来てくれるわけないか。
冗談だと思われたかな。
「帰って寝ようか——」
ドォォォォン!!
突然、空から何かが降ってきた。
アスファルトが砕け散り、土煙が舞う。
「うわぁっ!? 敵襲!?」
俺はビビって腰を抜かしかけた。
隕石か? ミサイルか?
土煙の中から、銀色の人影がゆらりと立ち上がる。
金属鎧が月光を反射して輝いている。
背中には、俺の身長よりデカい剣。
鬼気迫る表情の美少女。
「はぁ、はぁ、はぁ……! お待たせ、いたしました……!」
「銀条レイナ、ただいま推参!!」
ビシッ!
彼女は直立不動で敬礼した。
「…………」
俺は口をポカンと開けて、その姿を見つめた。
えっと。
コンビニ行くだけだよね?
なんで戦争に行く格好してるの?
(……この人、ガチだ。ガチの痛い人だ)
俺は確信した。
関わっちゃいけない度合いが、想定の斜め上を行っている。
でも、ここまで来てもらったのに帰すのも悪い。
それに、この格好なら確かにヤンキーも近寄らないだろう。
不審者すぎて。
「あ、どうも……。じゃあ、行きますか」
俺は引きつった笑顔でエコバッグを掲げた。
「コンビニへ」
「ハッ! 死守いたします!」
こうして。
ジャージ姿の引きこもりと、フルプレートアーマーの美少女という、あまりにもシュールなツーマンセルが結成された。
目指すは隣町のセブン◯レブン。
往復四十分の、壮大な冒険の始まりである。




