表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/36

第14話:引きこもり、食糧危機に直面す 〜深夜のコンビニは遠すぎる〜

 数日後。深夜二時。

 草木も眠る丑三つ時、S区の離れに、絶望的な呻き声が響いた。


「……ない」


 俺、相葉湊は、空っぽの棚の前で膝をついていた。

 ゲーミングチェアから転げ落ちるようにして確認したが、現実は非情だった。


「ポテチが……在庫切れだ……!」


 俺は頭を抱えた。

 引きこもりにとって、深夜の炭水化物は酸素と同じくらい重要だ。

 ゲームのロード時間にパリッ。動画を見ながらパリッ。

 その背徳的な塩分と油分こそが、俺の生命活動を支えていると言っても過言ではない。


「……冷蔵庫には?」


 俺は一縷の望みをかけて冷蔵庫を開けた。

 中に入っているのは、以前倒したブラックドラゴンの『熟成肉(ステーキ用)』と、スライムから抽出した『高級ゼリー(魔力水)』。

 あとは、世界樹の葉っぱで包まれた『エルフのおにぎり(保存食)』だ。


「違うんだよなぁ……」


 俺は溜息をついた。

 これらは確かに美味い。

 食べれば体の底から力が湧いてくるし、肌もツヤツヤになる。

 だが、今の俺の舌が求めているのは、そんな高尚な自然食品じゃない。


 もっとこう、科学の力で作られた味!

 化学調味料(MSG)たっぷりのパウダー!

 体に悪いと分かっていても止まらない、あのジャンクな刺激なんだ!


「……買いに行くか?」


 俺は窓の外を見た。

 漆黒の闇。

 S区は街灯も少ないし、廃墟だらけだ。

 幽霊とか出そうだし、最近は治安も悪い(例:武装したコスプレイヤーとか、野良犬とか)。


 最寄りのコンビニまでは、ここから歩いて二十分。

 S区の境界線を越えて、隣町の「安全地帯」まで行かなければならない。


「無理だ。一人じゃ怖くて行けない」


 俺は即座に首を振った。

 引きこもりの俺が、深夜に一人で外出? 自殺行為だ。

 ヤンキーに絡まれたらどうする。カツアゲされたらどうする。


 諦めて寝ようか。

 いや、この空腹感を抱えたままでは眠れない。


「誰か……一緒に行ってくれる人がいれば……」


 ボディーガードとまでは言わないが、魔除け(ヤンキー除け)になってくれるような、強そうな人が。


 ……ん?

 強そうな人?


 俺の脳裏に、数日前の記憶が蘇った。

 銀色の鎧を着て、剣を持っていた女性。

 やたらと礼儀正しくて(土下座するくらい)、俺の連絡先をしつこく聞いてきた人。


「……あ」


 俺はポケットからスマホを取り出した。

 連絡先リストを開く。

 一件だけ登録されている名前。


 『コスプレの人(要注意)』


 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

 この人、確か「剣聖」とかいう痛いハンネを使ってたし、見た目は強そうだった。

 それに、「決して邪魔はしません」とか言ってたし、恩を売りたがっていた。


(……これ、頼めるんじゃね?)


 深夜に呼び出すのは悪い気もするが、向こうは「いつでも連絡ください!」みたいなテンションだった。

 コンビニへの道案内くらいなら、喜んでやってくれるかもしれない。

 それに、あの鎧姿なら、ヤンキーもビビって寄ってこないだろう。


「よし。ダメ元で送ってみるか」


 俺はメッセージアプリを開き、フリック入力で文章を打ち込んだ。

 あくまで軽く。重くならないように。


 送信:『今からコンビニ行くんだけど、暇? よかったらついてきてほしい(震え声)』


 最後にかっこ書きで心情を添えておくのが、コミュ障なりの謙虚さアピールだ。

 送信ボタンを押す。


 ピロン♪


 既読。

 ……え? 一秒?

 深夜二時だぞ?


 受信:『承知いたしました!!!!! 直ちに向かいます!!!!!(土下座のスタンプ)』


「早っ!?」


 俺はスマホを取り落としそうになった。

 即レスにも程がある。

 しかもビックリマーク多すぎだろ。テンション高いなこの人。


「ま、まあ、来てくれるなら助かるか」


 俺は着替えることにした。

 いつものジャージに、サンダル。

 財布と、エコバッグ。

 一応、護身用にハエ叩きも腰に差しておく。


「よし、久々のシャバの空気だ。ポテチのためならエンヤコラ」


 俺は意気揚々と玄関へ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 一方、港区のタワーマンション。


緊急指令クエスト……キタァァァァァァァッ!!」


 銀条レイナは、ベッドから跳ね起きた。

 枕元に置いていたスマホが、『Grand Master(神)』からの通知を告げた瞬間、彼女の意識は覚醒した。


 メッセージを確認する。


 『今からコンビニ行くんだけど、暇? よかったらついてきてほしい(震え声)』


「震え声……!?」


 レイナの脳内回路がフル回転する。

 あの方ほどの絶対強者が、コンビニごときで震えるはずがない。

 つまり、これは暗喩メタファーだ。


 『コンビニ(=物資調達)』

 『ついてきてほしい(=護衛任務)』

 『震え声(=武者震いするほどの激戦が予想される)』


「解読完了……!」


 レイナの表情が引き締まる。

 これは、ただの買い物ではない。

 S区の境界線付近に巣食う、未知なる脅威の討伐任務だ。

 あの方は、その随伴者として私を選んでくださったのだ!


「暇? などと謙遜を……! たとえ魔王討伐の最中だろうと駆けつけますとも!」


 レイナはクローゼットを開け放った。

 普段着? 論外だ。

 この任務には、最強の装備で挑まねばならない。


 彼女は手早く着替えた。

 ミスリルのフルプレートアーマー。

 背中には、対ドラゴン用の大剣『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』。

 腰には予備の短剣と、ポーションポーチ。

 完全武装である。


「待っていてください、師匠マスター。この銀条レイナ、全身全霊をもってお守りします!」


 レイナは窓を開け、夜の闇へと飛び出した。

 マンションの壁を蹴り、ビルからビルへと飛び移る。

 タクシーなど待っていられない。

 自身の脚力で走った方が早い。


 目指すはS区。

 神の待つ場所へ。


 ◇ ◇ ◇


 十分後。

 S区の相葉邸、門前。


「……遅いな」


 俺は門柱に寄りかかり、あくびをしていた。

 やっぱり、こんな深夜に来てくれるわけないか。

 冗談だと思われたかな。


「帰って寝ようか——」


 ドォォォォン!!


 突然、空から何かが降ってきた。

 アスファルトが砕け散り、土煙が舞う。


「うわぁっ!? 敵襲!?」


 俺はビビって腰を抜かしかけた。

 隕石か? ミサイルか?


 土煙の中から、銀色の人影がゆらりと立ち上がる。

 金属鎧が月光を反射して輝いている。

 背中には、俺の身長よりデカい剣。

 鬼気迫る表情の美少女。


「はぁ、はぁ、はぁ……! お待たせ、いたしました……!」

「銀条レイナ、ただいま推参!!」


 ビシッ!

 彼女は直立不動で敬礼した。


「…………」


 俺は口をポカンと開けて、その姿を見つめた。

 えっと。

 コンビニ行くだけだよね?

 なんで戦争に行く格好してるの?


(……この人、ガチだ。ガチの痛い人だ)


 俺は確信した。

 関わっちゃいけない度合いが、想定の斜め上を行っている。


 でも、ここまで来てもらったのに帰すのも悪い。

 それに、この格好なら確かにヤンキーも近寄らないだろう。

 不審者すぎて。


「あ、どうも……。じゃあ、行きますか」


 俺は引きつった笑顔でエコバッグを掲げた。


「コンビニへ」


「ハッ! 死守いたします!」


 こうして。

 ジャージ姿の引きこもりと、フルプレートアーマーの美少女という、あまりにもシュールなツーマンセルが結成された。

 目指すは隣町のセブン◯レブン。

 往復四十分の、壮大な冒険の始まりである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ