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第13話:連絡先の交換、あるいは契約 〜神のIDは重すぎる〜

 翌日。

 昨日の「ゴミ出し(等価交換)」騒動も落ち着き、俺は爽やかな朝を迎えていた。


「ふぁぁ……。よく寝た」


 S区の離れ。

 世界中が恐れる魔境の中心で、俺はのんびりとあくびをした。

 昨日は大変だった。

 あんなコスプレをした押し売りに絡まれるなんて、三年間の引きこもり生活で最大の危機だったと言ってもいい。


「もう来てないといいけど……」


 俺は恐る恐る、玄関のドアスコープを覗き込んだ。

 誰もいない。

 よし、昨日のゴミ袋作戦が効いたんだな。


「今のうちに、ポストでも見ておくか」


 引きこもりといえど、郵便物のチェックは必要だ。

 たまに重要なチラシ(ピザのクーポンとか)が入っているかもしれない。


 俺はサンダルを突っ掛け、警戒しながらドアを開けた。

 初夏の風が吹き抜ける。

 庭の雑草マンドラゴラがカサカサと揺れている。


 平和だ。

 俺はペタペタと門の方へ歩いていき、ポストを開けた。

 中身は空っぽ。まあ、こんな廃墟に郵便配達員なんて来ないよな。


「さて、戻ってゲームでも——」


 きびすを返そうとした、その時だった。


 「お待ちしておりました」


 足元から、凛とした声が聞こえた。


「うおっ!?」


 俺は心臓が飛び出るほど驚き、半歩飛び退いた。

 視線を下ろす。

 そこには、門の陰に隠れるようにして、正座をしている人物がいた。


 銀色の鎧。

 整った顔立ち。

 そして、昨日俺が渡したゴミ袋を、風呂敷に包んで背負っている。


「ま、またお前かーーっ!?」


 昨日のコスプレねーちゃん(レイナ)だ!

 なんでまだいるの!?

 まさか一晩中そこで座ってたの!?


 俺は戦慄した。

 これは「押し売り」じゃない。

 「ストーカー」だ。

 あるいは、新手の宗教勧誘の座り込みデモか?


 ◇ ◇ ◇


 一方、銀条レイナの視点。


(……出てきて、くださった!)


 レイナは感動に打ち震えていた。

 昨夜、ギルドの喧騒を避けてここに戻り、門前で座り込み(警備兼、出待ち)を続けていたのだ。

 インターホンを鳴らすのは無礼だと思い、ただひたすら、あるじが現れるのを待っていた。


 そして今。

 ジャージ姿の「神」が、降臨した。


 レイナは即座に姿勢を崩し、額を地面に擦り付けた。

 見事なまでの土下座ドゲザである。


「申し訳ありません! ご迷惑とは存じますが、どうしてもお願いがありまして!」


 ◇ ◇ ◇


 再び、湊の視点。


(ひえぇ……いきなり土下座された……)


 俺はドン引きしていた。

 今の日本で、アスファルトの上で土下座する人なんて初めて見た。

 これはヤバい。関わっちゃいけないタイプの人だ。


「あ、あの……警察、呼びますよ?」


 俺は精一杯の脅し文句を口にした。

 だが、相手は顔を上げない。


「警察など!(俗世の法など通用しませんよね!)」

「えぇ……(通用しないの!?)」


 無敵の人かよ。

 どうしよう。このまま放置してたら、近所(誰もいないけど)の噂になるし、俺が外出できなくなる。

 早く帰ってもらうには、どうすればいい?


「お、お願いです! 連絡先だけでも! ID交換だけでいいんです!」

「は?」


 ねーちゃんが叫んだ。

 連絡先?

 つまり、LINE的なメッセージアプリのIDってことか?


(……そうか。ノルマがあるのか)


 俺は勝手に納得した。

 キャッチセールスとか宗教勧誘って、「連絡先を何人ゲットしたか」がノルマになってることがあるらしい。

 この人は、そのノルマを達成するまで帰れないブラックな環境にいるのかもしれない。


 そう思うと、少し同情心が湧いてきた。

 それに、IDを教えるだけなら減るもんじゃないし、変なメッセージが来たらブロックすればいいだけだ。


「……わかりました。教えるんで、それ貰ったら帰ってくださいね?」


「は、はいっ! もちろんです! 決して邪魔はいたしません!」


 俺は渋々、ジャージのポケットからスマホを取り出した。

 S区は圏外になりがちだが、ウチのWi-Fiは庭先まで届いている。


「QRコード、出しますね」


 俺が画面を向けると、ねーちゃんは震える手で、軍用端末のようなゴツいスマホを取り出した。


 ピッ。


 読み込み完了。

 俺のスマホ画面に、『新しい友だち』が表示される。


 名前:銀条レイナ

 ステータス:Sランク探索者 / 剣聖


(うわぁ……設定盛りすぎだろ……)


 俺は苦笑いした。

 ハンドルネームに「剣聖」とか入れちゃうタイプか。中二病をこじらせているらしい。

 まあ、俺のハンネもゲーム用のやつだけど。


 俺は即座に、表示名を編集した。

 『銀条レイナ』→『コスプレの人(要注意)』。


「これでいいですか?」


「は、はい……! 光栄です……!」


 ねーちゃんは、スマホを宝物のように抱きしめて涙ぐんでいる。

 よかった、これで満足してくれたみたいだ。


「じゃ、俺、忙しいんで」


 俺はこれ以上絡まれないように、そそくさと踵を返し、家の中へと逃げ込んだ。


 バタンッ!!

 ガチャン、ガチャン。


 ふぅ。

 また一つ、トラブルを回避したぞ。


 ◇ ◇ ◇


 門の外。

 銀条レイナは、スマホの画面を凝視していた。

 そこには、今しがた交換したばかりの「神」のアカウントが表示されている。


 名前:Minato

 ひとこと:対よろ(対戦よろしくお願いしますの略)

 アイコン:初期設定のまま


「『Minato』様……」


 シンプルだ。

 あまりにもシンプルすぎる。

 飾り気のないアルファベットの羅列に、かえって「個」としての強さを感じる。


 そして、「対よろ」という言葉。

 これはきっと、『我に挑む者よ、対戦(死合う)覚悟はできているか?』という、全人類への挑戦状に違いない。


「……震えが止まらないわ」


 レイナは即座に、連絡帳の登録名を編集した。


 『Minato』→『Grand Master(神)』


 そして、通知設定を「最優先(緊急地震速報より上)」に変更し、その場に跪いて祈りを捧げた。


「この回線は、私と神を繋ぐホットライン……。命に代えても応答します」


 レイナは満面の笑みで立ち上がった。

 昨日のゴミ袋(神器)の件もある。

 これからは、このスマホを通じて、あの方からの「神託(パシリ指令)」が下るのだ。

 探索者として、これ以上の名誉はない。


「ふふっ、まずはご挨拶のスタンプを送るべきかしら? それとも失礼にあたる?」


 S区の廃墟で、スマホ片手にニヤニヤする美女。

 端から見れば完全に不審者だが、彼女にとっては人生の絶頂期だった。


 ——その数日後。

 このホットラインを通じて、湊からとんでもない「神託」が下されることになろうとは、まだ誰も知らない。

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― 新着の感想 ―
こんばんは。 対よろ→ゲーム内のとあるランカーが、リアルファイトしたら相手を(物理的に)塵にするヤバい人…とわかった時の掲示板の反応が楽しみですなww
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