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第12話:そのゴミ、国宝につき 〜燃えるゴミか、燃えないゴミか〜

 東京都心、港区にある超高級タワーマンションの最上階。

 そこは、Sランク探索者・銀条レイナの自宅兼、要塞である。


 彼女は今、リビングの壁に隠された「生体認証式金庫」の前で、冷や汗を拭っていた。


「……はぁ、はぁ。誰にも見られなかったわね……」


 レイナは震える手で、抱えていた「黒いゴミ袋」を金庫の中に安置した。

 まるで、爆発寸前の核弾頭を取り扱うかのような慎重さで。


 プシュー。

 重厚な金属音がして、金庫の扉がロックされる。

 虹彩認証、声紋認証、静脈認証の三重ロック。

 この中には、彼女がこれまでの探索で手に入れた魔剣や宝玉が眠っているが、今入れた「ゴミ袋」に比べれば、それらは子供のオモチャに等しい。


「……危なかった」


 レイナはソファーに崩れ落ちた。

 帰りの道中、袋から漏れ出る魔力に気づいた探索者たちが、何人も振り返っていた。

 もし中身を見られていたら?

 『ファフニールの逆鱗』が一枚でも市場に流出したら?


 ——世界経済は崩壊する。


 ドラゴンの素材は、現在のエネルギー産業の根幹だ。

 その最高峰である「逆鱗」が大量に出回れば、魔石の価格は大暴落し、関連企業の株価は紙くずとなり、世界は大恐慌に陥るだろう。

 あるいは、その力を軍事利用しようとする大国同士で、第三次世界大戦が勃発してもおかしくない。


「あの方は……私に『世界の命運』を預けたのね」


 レイナは天井を見上げて呟いた。

 あのゴミ袋は、パンドラの箱だ。

 それを「等価交換」として、羊羹一箱で渡してきた。


 つまり、これは試練。

 『お前に、この強大な力を管理する器量はあるか?』

 そう問われているのだ。


「……やってみせます、師匠」


 レイナの瞳に、暗い情熱の炎が灯る。

 ただのファンではない。

 今日から私は、あの方の——『共犯者』だ。


 ◇ ◇ ◇


 一方その頃。

 世界の命運をぶん投げた張本人、相葉湊。


「ん〜、やっぱり虎屋敷の羊羹は美味いなぁ」


 俺はPCの前で、お茶をすすりながらホッと一息ついていた。

 高級な甘味が、疲れた脳(対人恐怖で消耗したSAN値)を回復させてくれる。


 だが、ふとある懸念が頭をよぎった。


「……あ、そういえば」


 俺は羊羹を置いた。

 さっき渡したゴミ袋のことだ。


「あれ、ちゃんと『燃えるゴミ』で合ってたよな?」


 俺は急に不安になった。

 中に入っていたのは、トカゲのウロコと、庭の枯れ葉と、ガラス瓶だ。

 枯れ葉は燃える。ガラス瓶は燃えない(資源ゴミ)。

 ウロコは……?


 俺は慌ててPCで検索をかける。


 検索ワード:『ドラゴン ウロコ ゴミ分別』

 検索結果:0件


「……出ないか。まあ、爬虫類のウロコだし、爪とか髪の毛と一緒でタンパク質だろ? なら燃えるか」


 問題はガラス瓶だ。

 あれ、一本だけ混ざってた気がする。

 分別しないで渡しちゃったけど、あのコスプレの人、怒ってないかな?


「うわぁ、失敗した。『非常識な男だ』って思われてたらどうしよう」


 俺は頭を抱えた。

 せっかくゴミを引き取ってもらったのに、分別の手間で迷惑をかけてしまったかもしれない。

 これじゃあ、等価交換どころか、俺の方が借りを作ってしまった形になる。


「……次に来た時は、ちゃんと分別してから渡そう」


 俺は心に誓った。

 社会人ニートだけどとして、ゴミ出しのマナーは守らなければならない。

 今度からは、ドラゴンの骨は「燃えないゴミ」、スライムの粘液は「生ゴミ(水切りネット使用)」に徹底しよう。


「ま、過ぎたことを気にしても仕方ない。ゲームしよ」


 俺は気持ちを切り替えた。

 あのゴミ袋が、今ごろ厳重なセキュリティの金庫の中で「国宝」として祀られていることなど、想像もつかないまま。


 ◇ ◇ ◇


 翌日。

 銀条レイナは、再び鏡の前に立っていた。


 装備の手入れは完璧だ。

 だが、今の彼女に必要なのは、剣でも鎧でもない。


「……あの方の日常に、溶け込むこと」


 昨日の出来事で、レイナは悟った。

 相葉湊という存在は、常識の枠には収まらない。

 彼にとっての「日常」は、人類にとっての「神話」だ。


 ならば、その神話の残滓ゴミを処理し、彼の平穏を守ることこそが、弟子たる自分の使命ではないか。


「待っていてください、師匠。私は必ず、あなたの役に立つ『掃除屋クリーナー』になってみせます」


 レイナは拳を握りしめた。

 その決意は、もはやストーカーの域に達していたが、本人は大真面目だった。


 ——こうして。

 「ゴミの分別を気にする魔王」と、「ゴミを神具として崇める聖女」の、奇妙な師弟関係(一方的)が幕を開けたのである。


 だが、彼らはまだ知らない。

 このゴミ出し騒動が、単なる序章に過ぎないことを。

 湊の出した「ゴミ」の魔力を嗅ぎつけた者たちが、S区の闇で動き出していることを。


 プルルルル……。


 レイナのスマホが鳴った。

 表示名は『探索者ギルド・S区支部長』。


「……はい、銀条です」

『緊急事態だ、レイナ君。昨夜、S区のゴミ集積所で、謎の虹色発光現象が観測された』


「ッ!?」


 レイナの顔色が変わる。

 まさか、師匠は私に渡したもの以外にも、ゴミを出していたというの?


『鑑定班が向かったが、計測器が振り切れて壊れたらしい。君、何か知らないか?』


「……存じ上げません(師匠の平穏は私が守る!)」


 レイナは即座にシラを切った。

 新たな戦い(隠蔽工作)の幕開けだった。

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