第11話:神話級のゴミ出し 〜等価交換の定義がバグっている件〜
バタンッ!!
ガチャリ、ガチャリ。
二重ロックをかけ、ドアチェーンを掛け直す。
俺、相葉湊は、その場にへたり込んだ。
「ふぅぅぅ……死ぬかと思った……」
心臓が早鐘を打っている。
対人恐怖症(コミュ障)の引きこもりに、押し売りの対応などハードルが高すぎる。
しかも相手は、あんな金属製の鎧を着たコスプレ女子だ。関わってはいけないオーラがプンプンしていた。
「でもまあ、なんとかなったな」
俺は手元にある桐箱を見つめた。
ずしりと重い。
『御菓子所・虎屋敷』と金箔で書かれている。
「これ、結構高いやつじゃね?」
ネットで見たことがある。一箱五千円……いや、下手したら数万円する高級羊羹だ。
そんなものを、ゴミ袋一つと交換してしまった。
「……あー、やっぱり悪かったかな」
俺は少し良心が痛んだ。
俺が渡したのは、昨日部屋を掃除した時に出たゴミだ。
中身は、例のトカゲの剥がれたウロコとか、庭の雑草(枯れ葉)とか、飲み終わった栄養ドリンクの瓶とか。
分別するのが面倒で、とりあえず「燃えるゴミ」の袋にまとめて突っ込んでおいたやつだ。
「まあ、向こうが押し付けてきたんだし、処分料と思えば妥当か」
ゴミ出しの手間も省けたし、相手も何か貰えて満足して帰っただろう。
まさにWin-Winの関係だ。
俺は自分を納得させると、戦利品(羊羹)を持って意気揚々と部屋に戻った。
——そのゴミ袋の中身が、国家予算を軽く超える価値があるとも知らずに。
◇ ◇ ◇
一方、ドアの外。
Sランク探索者、銀条レイナは、石像のように固まっていた。
彼女の手には、コンビニのレジ袋よりも少し大きな、黒いビニール袋が握られている。
口は固く縛られているが、そこから漏れ出す魔力の気配は隠しようがない。
「……等価、交換……」
あの方(魔王)は、そう言った。
この袋と、羊羹一箱が釣り合うと。
レイナはゴクリと唾を飲み込み、震える指で袋の結び目を解いた。
中身を確認しなければならない。
あの方が、私に何を託したのかを。
ガサリ。
袋が開いた瞬間、レイナの全身の毛穴という毛穴が開いた。
臭いではない。
圧倒的な「力」の奔流が、顔面に吹き付けてきたのだ。
「ひっ……!?」
レイナは尻餅をつきそうになりながら、中身を覗き込んだ。
まず目に飛び込んできたのは、黒く、濡れたように輝く硬質なプレートの破片。
数枚入っている。
レイナは、恐る恐るその一枚を取り出し、スキル『鑑定』を発動した。
——カッ!
脳裏に浮かんだ文字が、彼女の理性を粉砕する。
【名称:黒竜王の逆鱗】
【ランク:神話級(Mythology)】
【品質:S+(鮮度極上)】
【解説:あらゆる物理・魔法攻撃を無効化する絶対素材。加工すれば、小国を一つ買えるほどの価値がある。】
「は……?」
レイナの思考が停止した。
ファフニール。
神話の時代に滅んだとされる、最強のドラゴン。
その中でも最も硬く、最も魔力を帯びた部位である「逆鱗」が、無造作に放り込まれている。
しかも一枚ではない。五枚、六枚……。
「うそ……これだけで、東京の土地が全部買える……」
手が震えて、鱗を落としそうになる。
だが、衝撃はこれだけではなかった。
鱗の下に埋もれている、枯れた茶色い葉っぱ。
ただの落ち葉に見える。
だが、そこから漂うのは、嗅ぐだけで傷が癒えるような清浄な香り。
【名称:世界樹の枯葉】
【ランク:伝説級(Legendary)】
【効果:煎じて飲めば万病を癒やし、死者すら蘇生させる霊薬の材料となる。】
「せ、世界樹……!?」
世界中のギルドが血眼になって探している、幻の植物。
それが、ゴミとして。
クシャクシャに丸められて入っている。
さらに、その横には空き瓶が転がっていた。
ラベルのない、青いガラス瓶。
中身は空だが、底に一滴だけ、青い液体が残っている。
【名称:神霊水の空き瓶】
【残滓:神の雫】
【効果:一滴でMPを完全回復し、限界突破をもたらす。】
「あ……あ、あ……」
レイナは、袋を抱きしめたまま、その場に崩れ落ちた。
膝が震えて立てない。
理解した。
完全に、理解してしまった。
(あの方は……これを「ゴミ」と呼んだ)
一般人にとってのティッシュペーパーや、鼻をかんだ紙屑。
それと同じ感覚で、神話級の素材を捨てたのだ。
そして、あの方は言った。
『等価交換』だと。
つまり、あの方の価値観においては——
【羊羹一箱(5万円) = 神話級素材セット(国家予算規模)】
という数式が成り立っているのだ。
「……次元が、違いすぎる……」
レイナは戦慄した。
これは、私への試練なのか?
『この程度の力、くれてやるから好きにしろ』という、強者の余裕なのか?
もし、これをギルドに持ち込んだらどうなる?
間違いなく、戦争が起きる。
世界中の国が、このゴミ袋を巡って核ミサイルを撃ち合うだろう。
経済は崩壊し、通貨の価値は紙くずになる。
「だめ……出せない……!」
レイナは青ざめた顔で、袋の口を固く縛った。
これは、世に出してはいけない。
私が墓場まで持っていく秘密だ。
あるいは——。
(あの方は、私に「処分」を任せた)
(つまり、私がこの力を管理し、正しく使うことを期待しているのでは……?)
そう考えると、震えが止まった。
代わりに、熱い使命感が胸に込み上げてくる。
あの方は、私を見込んだのだ。
ただの羊羹を渡しただけの小娘に、これほどの財産を託すほどに、器の大きな方なのだ。
「……師匠」
レイナは、閉ざされた鉄の扉を見上げた。
その瞳には、もはや恐怖はない。
あるのは、狂信に近いほどの崇拝と、忠誠心。
「このゴミ……銀条レイナ、命に代えても守り抜きます!」
レイナは袋を宝物のように抱きしめ、深々と最敬礼をした。
——家の中で、湊が「羊羹うめー! お茶(※世界樹の煮出し汁)に合うー!」と能天気に舌鼓を打っていることなど知る由もなく。
こうして、一人のSランク探索者が、完全に「魔王の信徒」へと堕ちた(目覚めた)瞬間だった。
だが、問題はまだ終わらない。
このゴミ袋から漏れ出る魔力は、S区の結界の外にまで届くほど強烈だったのだ。
ウゥゥゥゥゥゥン……!!
遠くで、探索者協会の魔力感知サイレンが鳴り響くのが聞こえる。
「……急がないと」
レイナは覚悟を決めた顔で、S区の廃墟を駆け出した。
まずは自宅の金庫だ。
あそこなら、この「神々の遺産」を隠せるかもしれない。
彼女の背中には、世界の命運(ゴミ袋)が重くのしかかっていた。




