最終話:久しぶりに外に出たら最強だったけど 〜やっぱり家が一番だわ〜
S区・相葉邸。
世界を救う大騒動から数日後。
俺たちの聖域には、いつもの穏やかな朝が訪れていた。
シャッ!
小気味よい音と共に、リビングのカーテンが開け放たれる。
眩しいほどの陽光が、薄暗い部屋に差し込んできた。
「師匠! 起きてください!」
エプロン姿の銀条レイナちゃんが、窓際で振り返って微笑んだ。
逆光に輝く銀髪。
手にはハタキを持っている。完全に「若奥様」か「ベテラン家政婦」の風格だ。
「……んぅ……」
俺、相葉湊は、ソファの上で目をこすった。
昨夜は遅くまで、アメリカのジャックさんと、配送業の剛田さんと一緒にオンラインでパーティを組んでいたのだ。
寝不足だ。
「今日は快晴ですよ! 絶好のお散歩日和です!」
レイナちゃんが窓の外を指差す。
俺は欠伸をしながら、窓辺へと歩み寄った。
窓の外。
黒いフェンスの向こう側には、復興へ向かう東京の街並みが見える。
遠くには建設中のビル。
空を行き交う飛行船。
そして、フェンスの周りには、今日も俺の家を拝みに来た観光客たちの姿が小さく見える。
「……平和だなぁ」
俺は目を細めた。
スタンピードの爪痕はまだ残っているが、人々はたくましく生きている。
俺がサンダルで吹っ飛ばした裏山も、なんだか新しい観光名所になっているらしい。
「師匠」
レイナちゃんが、少し改まった顔で俺を見た。
「今日は、ギルド主催の式典があるそうです。師匠さえよろしければ……一度、外へ出てみませんか?」
外。
フェンスの向こう側。
そこには、俺を英雄として称える人々がいる。
富も、名誉も、黄色い声援も、思いのままだろう。
俺は、外の景色をじっと見つめた。
三年前。
世界が変わってしまったあの日から、俺はずっと怖がっていた。
外に出ることを。人と関わることを。
自分の部屋だけが安全だと信じて、殻に閉じこもっていた。
でも、今は違う。
俺は知ってしまった。
自分が、外の世界でも通用する(というか強すぎる)ことを。
仲間と呼べる人たちがいることを。
今なら、堂々と外を歩ける。
誰にも怯えることなく、英雄として生きることもできる。
俺は窓枠に手をかけ、身を乗り出した。
風が心地よい。
日差しも、以前ほど痛くない。
行こうか。
外の世界へ。
——俺は、くるりと背を向けた。
「……んー、パス」
俺は即答した。
そして、愛用のゲーミングチェアにドカッと座り直した。
「えっ? よろしいのですか?」
レイナちゃんが目を丸くする。
「うん。だって今日、ゲーム内イベントの初日だし」
俺はPCの電源を入れた。
七色に光るファンが回り出し、モニターにログイン画面が表示される。
「それにさ」
俺はニカっと笑った。
「外も悪くないけど、やっぱり俺は——この部屋が一番好きなんだわ」
俺の言葉に、レイナちゃんは一瞬きょとんとして、それから嬉しそうに微笑んだ。
「……ふふっ。そうですね」
「師匠は、この『玉座』がお似合いです」
彼女は深々と一礼した。
「では、私はお茶とお菓子をお持ちします。剛田さんが届けてくれた新作のシュークリームがありますので」
「おっ、ナイス!」
足元では、ポチが「遊んでー」とじゃれついてくる。
棚の上では、アリスが「頑張って」と旗を振っている。
キッチンからは、甘い香りと包丁の音が聞こえてくる。
完璧だ。
これ以上の幸せが、外の世界にあるだろうか?
いや、ない。
俺はヘッドセットを装着した。
画面の向こうには、待ってくれているフレンドたちがいる。
『久しぶりに外に出たら、自分が最強だって気づいた』
それは事実だ。
ドラゴンをハエ叩きで倒し、魔王をスリッパで倒した。
世界を救ってしまった。
『でも、そんなことより、家でゲームしてる方が楽しい』
それもまた、揺るぎない真実だ。
俺はマウスを握りしめた。
世界最強の引きこもり、相葉湊。
彼の戦いは終わらない。
ランクマッチの順位を上げるために。
そして、この愛すべき平穏な日常を守り抜くために。
「——さて、ログインするか」
カチッ。
クリック音が、静かな部屋に響いた。
俺たちの物語は、この半径6畳の部屋から、これからもずっと続いていく。
【完】




