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声の巣  作者: よねり


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7/7

残響

——名を失っても、世界は、まだ呼吸している。——




 彼がいなくなったことに、 誰もすぐには気づかなかった。


 声の巣は、相変わらず鳴いていた。 新しい声が生まれ、 古い声が剥がれ、 硝子の広場は、 毎朝、磨き直された。


 彼の言葉も、 まだそこにあった。 引用され、 要約され、 誰かの考えの背骨として、 静かに使われ続けていた。


 だが、 彼自身は、 そこにはいなかった。


 彼は、 ある朝、 目を覚まし、 硝子のない机の前に座った。 光は差し、 外では、 車の音と、 遠くの人の声がした。


 それらは、 通知ではなかった。 値段も、 順序も、 評価も、 付いていなかった。


 彼は、 その音を、 ただ聞いた。


 聞いているあいだ、 彼は、 何者でもなかった。 書く人でもなく、 語る人でもなく、 批評する人でもなかった。


 それでも、 呼吸は続いていた。


 彼は、 ふと、 名前を思い出そうとした。 かつて、 声を伴って呼んだ、 誰かの名前を。


 名前は、 形にならなかった。 だが、 名前を呼ぼうとした その動きだけが、 胸の奥に残った。


 ――それで、 十分だった。


 声の巣は、 人を呑み込み、 人の声を増やし、 やがて、 誰のものでもない声で 世界を満たす。


 だが、 世界そのものは、 声の巣ではない。


 風は、 見出しを持たずに吹き、 雨は、 おすすめを伴わずに降る。 誰にも数えられない瞬間が、 今日も、 確かに、 起きている。


 彼は、 それらの中に、 立っていた。


 声を失ったのではない。 声を、 持ち直したのでもない。


 ただ、 声が、 彼の中に 巣を作らなくなった。


 硝子は、 もう、 机の上にはない。


 しかし、 彼の前には、 世界があった。


 広く、 測れず、 そして、 まだ、 名前を待っている 世界が。



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