第5話「王立図書館」
「で、調査ってどこからすべきなんだ……」
自室で旅支度を整えながら、唸る。
騎士団は基本、証拠があった上で動く。
稀に証拠を集める段階から踏み込んで動くけど、それもほぼ黒だと断定できてるからだ。
「ま、私からごちゃごちゃ言われても……まだ納得できてないところもあるでしょ?」
ベッドでくつろぎながら、ラヴケイアは伸びをする。
旅支度を手伝ってくれる気は一切無いらしい。
「納得、したいでしょ? 自分の頭がおかしいわけじゃないって」
「それは、まぁ」
実際、自分の頭がおかしいのでは、とまだ疑っている節はある。
だから勇者パーティーを追われた、だからラヴケイアが視える。
全部自分の頭がおかしくなっただけなら、納得がいく。
だから、自分の頭がおかしくないと証明できるなら、まずそうしたい。
「それじゃ、早速行きましょ?」
俺の旅支度が終わったと見るや否や、ラヴケイアは浮き上がって扉を貫通する。
神は物理法則に囚われるも無視するも自由なんだな、とそれ以上の思考は止めることにした。
「なぁ……行くって、どこにだ?」
「調べ物といえば、まずは図書館以外にないでしょ?」
まぁ、それもそうか。
ラヴケイアによる不必要な案内を受けながら、王立図書館へと足を運ぶ。
ルクス・ソレリス騎士団から王立図書館は近く、俺自身も数は多くないが、何度か行ったことがある。
だから迷うことはないが、神がそうしたいなら従っておこう。
荘厳さを感じさせる王立図書館は、雰囲気とは正反対だが誰にでも開放されている。
「調べるべきことはふたーつ。歴代勇者と、勇者そのものについて!」
広く静かな大図書館に、ラヴケイアの声が響く。
しかし、誰もその声を咎めない。
やはり自分にしか聞こえていないか、聞かせる気がないらしい。
だとして言っていることは正しい。
彼らも同じだったのか、俺と同じように気づいた人間はいないのか。
様々な文献を読めばわかる、かもしれない。
本棚を真面目に漁っていれば、ラヴケイアが別の場所から本を何冊か持ってくる。
「禁書保管庫からも、っぽいやつを持ってきてあげたわよ」
……ありがたいが、やはり神には人間の事情などお構いなしらしい。
調べた結果、確定的にわかったことは二つ。
ついでに新たに知ったことも、一つ。
勇者や魔王は、加護のおかげで一目見ればわかる、ということ。
そしてやはり、勇者の強さに疑問を持つ人間もいたらしい、ということ。
だから勇者には無限の命があるのでは、と過去の研究者は考察していた。
間違いではない、真実があまりにも惨いだけで。
後は、どうやら魔王には人間の魔王もいた……とか。
強大な魔族がなるものだと思っていたが、どうやらそうでもないみたいだ。
まぁ、何かの話がねじ曲がった可能性もあるが。
「あら、魔王の話……ちょっと気になっちゃう?」
「そうだな、ちょっとは。本当に人間の魔王はいたのか?」
言うべきか言わないべきか、とわざとらしくラヴケイアは悩む素振りを見せる。
う~んう~んと暫く腕を組んで悩んだ後、口を開けた。
「ま、いっか言っても」
本当に俺のような人間が聞いていい話なのだろうか、急に不安になってきた。
「いたわよ、数は多くないけどね。基本人間に魔族や魔物を取りまとめる素養はないから」
「そうなのか」
じゃあ、その一部の人間はその素養が突出していた、ということなのだろうか。
或いは、そのときの魔族にリーダーとしての素養が無さすぎたか。
「で、他に気になったことはないの?」
「加護について……かな」
無限の命というのは、勇者が死ぬところを見て、でも生きている事実も見た観測者が書いたものだろう。
では、加護とやらに一体何の意味があるのだろうか。
見てわかる、はそんなに重要か?
「あー、それね。見てわかるように、じゃなくて洗脳なのよ」
ラヴケイア曰く。
見てわかる、ではなく、見て認識を上書きさせるものらしい。
見てしまったら、それが勇者だと認識せざるを得なくなる。
姿形が違うから、そうでもしないと存在の連続性とやらを保てないとか云々。
「魂は上書きしてるから一緒だけどね、魂の形なんて人間は見れないもの」
それはそうだ。
今のエイダンを、俺はかつてのエイダン・シェイファーと一緒くたにしていいのか、未だにわからない。
ただ、今のエイダンもそうであるなら、どうにかしてあげたいってだけで。
「しかし……魂の上書きか」
「気になるの?」
「あぁ。上書きされた魂はどうなるんだ?」
ラヴケイアは、一瞬困ったような顔をした。
次の瞬間には、いつも通りな顔で禁書を手に持っていたが。
「それが気になるなら、次は葬儀屋ギルドにでも行きましょう」
「葬儀屋ギルド? なんで?」
「私達二大神ほどじゃなくても、神がいるのは知ってるでしょ?」
「まぁ……」
ほとんどのことは、二大神たるソウルイユかラヴケイアが司っている。
しかし、その職業の神といった小さなことを司る存在もいる……らしい。
らしいというのも、俺は二大神以外のことをあまり知らない。
鍛冶場の神がいるとか、その程度の知識だ。
「生物の生死、その後の管理は私達やってないのよねー」
そこを司っているのは、葬儀屋ギルドの人達が崇めている神様だとラヴケイアは言う。
それなら行ってみるのが吉だろう。
本を片付けて、ラヴケイアにも禁書を片付けてもらって、王立図書館を出る。
「ところで、葬儀屋ギルドには行ったことあるの?」
「まぁ、一応」
「なんで?」
不思議そうに、顔を覗き込まれる。
なんでと言われても、答えは一つしかない。
「騎士団は嫌でも死と隣り合わせだからな」
「そっか」
「それに、エイダン……だった死体も、何人分も運んだ」
「……そっか」
少し湿っぽい雰囲気になってしまった。
ラヴケイアは、俺に寄り添わない。
けれど気遣うような雰囲気は感じ取れる。
ともかく、葬儀屋ギルドは街の外にある。
少し遠い。
日を改めて行こう。
……その頃には、この湿っぽい雰囲気も消え去ってくれるだろう。




