第4話「師匠と愛弟子」
驚きで心臓がバクバクと鳴る。
確かに聞きたいことは山ほどあった、しかしいきなり登場しろとは言っていない。
「な、なんで居るんだ……」
「いい驚き。面白いわね」
その笑いに、嘲りが入っていないことはわかる。
浮いて逆さからこちらを覗き込むその姿は、多分お茶目に映るはずだし。
でも、されてる側としては馬鹿にされてる気分も、ある。
まぁいい、一旦いい。
俺の気持ちなど横に置いてしまって構わない。
聞きたいことを聞くのが先決だ、いつ居なくなるかもわからない。
「あら失礼ね、居ないとアドバイスできないじゃない。ずっと居るわよ?」
「あぁ、それは助かるけど……」
「しかも必要な人以外に私は見えないわ、安心設計!」
はぁ、と溜息を一つつく。
テンションについていけないというか、扱いに困る。
本当の神様、愛女神ラヴケイア様であるということは納得した。
しかしそれなら尚更困るのだ。
崇めているのは秩序神ソウルイユとはいえ、その片割れにも当然敬意を払うに決まっている。
敬意を払うべき相手にずかずかと立ち入られると、どうしていいのかわからない。
「それはそれとして……勇者システム? を壊す方法に当てはあるのか?」
「あると言えばあるわ。でも確証は無いのよね、だから調べるのもやってほしいわ」
曰く、各地の神殿に鍵がありそう。
神殿や信仰があると、ある場所に目と力が届きやすい。
神とはそういう存在なのだと。
「とはいえ、完全にシステムとして独立していたら神殿とか無関係だけどね。見る必要もない、みたいな」
「その辺りはどう考えてる?」
「絶対見てるわよ、あなたは痛いほどそれを知っている」
知っているはずない、と、思うけど。
エイダンについて、勇者について思い返してみる。
ほとんどは、体は違えど俺のよく知るエイダンその人だった。
けど、決定的に違う記憶がある。
追放されたとき。
あのときは、アレは、エイダンじゃない。
俺の知るエイダンはあんなこと俺に言わない、絶対に。
「そう、それよ。そのときは絶対、ソウルイユがエイダンのフリをしていた」
さっきもそうだが、しれっと心を読まないでほしい。
解決するまで俺にプライバシーは無いのか?
「まぁまぁいいでしょ、乗っ取りはしないんだから」
そう考えると、今エイダンが置かれている状態に比べれば遥かにマシなのだろう。
早く解決してあげなければ、エイダンが可哀想だ。
「熱心でよろしい。だから勇者システムの例外になれたんでしょうね」
「そうだ、それも聞きたかったんだ。なんで俺だけが例外なんだ?」
熱心にエイダンのことを考えてやっているから?
それとも俺が前世のことを覚えているから?
それっぽい理由はいくらでも思いつく。
でも、それが理由になるのだろうか。
「さぁね、私は勇者システムを作っていないから。でも、歴代でもそういう人はいたの」
胸が痛む。
魔王を討伐する必要が出る度、この惨たらしいシステムは運用されてきた。
その中で気づいて、でもきっとどうしようもなかった。
俺にはたまたまそのチャンスがやってきたけど、今尚勇者システムがこうなら、その人は。
「だからもう壊しちゃうの。愛女神の名の下に、もう見てらんないのよ……」
その声は細くて、さっきまでニコニコしていた存在だとは思えなかった。
神様のそれでもないな、とも思ってしまった。
愛女神ラヴケイアは慈悲深い神として通っている。
秩序神ソウルイユより、ずっと優しくて人間的。
だからこんなことがまかり通る今に心を痛めていたんだろう、多分ずっと。
「ま、私のことなんていいのよ。それより、手伝ってくれるんでしょ?」
「もちろん」
「なら、それ相応の準備をしないとね。長い旅になるわよ」
そう言われて、ようやく思い当たる。
各地の神殿を巡ったり、調査をするなら、騎士団の仕事などしていられない。
休むか、或いは辞めるか。
つまり、俺は人生の岐路に立たされている。
騎士団の仕事は、安定している。
辺境は魔物や魔族との戦いがあるが、ここ王都となればそれも少ない。
俺は王都の騎士団にいる。
余程国ごと危うくならなければ、どんな戦争にも動員されないだろう。
俺は安定して生きられる。
愛弟子の現状を見ないフリするだけで。
「騎士トロイ・オデュッセウスです。少々、これからの話をしたく」
「入っていいよ」
「失礼します」
ノック、名乗り、そして返事。
今日もルクス・ソレリス騎士団本部は、礼儀を守れば正しく回ってくれる。
目の前に座る騎士団長は、相も変わらず剣よりペンを握っている。
きっと剣を振るより疲れる仕事だ、それでも微笑みを崩さない。
「驚いたよ。突然、これからの話ってね」
「……単刀直入に言います。暫く、休暇を頂きたい」
目が細められる。
笑みが深まったように見えるが、笑みは許可を意味しない。
詮索するとき、大抵人は笑う。
「いや、君には初めから暫く休暇を与えるつもりだったよ」
「はい、そう思いました」
「そうだね、君も理解している。なのに聞きに来た」
十何年かこの人との付き合いがあるから、わかっていたことだ。
それでも思う、この人は本当に鋭い。
だからこそ騎士団長なのだろうけど、今ばかりは愚かでいてほしかった。
「君、何に急かされている?」
黙るしかない。
神の声を聞いたと言って、簡単に焼かれる世界じゃない。
寧ろ祝福すらされるだろうけど、その祝福は内容の共有とセットだ。
これを言って信じてもらえるか?
それこそ秩序神ソウルイユへの不敬だとして焼かれる未来しか見えない。
それでも、幸いなのは。
騎士団長にとって、俺がかわいい愛弟子だったことだろうか。
「……トロイのことだ、きっと意味があるのだろうね」
そう、溜息一つ。
今度は確かに笑った。
仕方のない子だ、と言うように。
「行く場所があるなら、行ってきなさい。成すべきことがあるなら、成しなさい」
「えっ、いいんですか」
間の抜けた声が出てしまった。
そして、自分が信頼されていることに胸が熱くなる。
「君はずっといい子だったからね、今までの信頼の積み重ねだと思いなさい」
俺は頷いた。
確かにいい子だった自覚はある、人生二周目なわけだし。
それでもその生き方を選んだのは俺で、褒められたのは嬉しい。
そして、そのまま深々と一礼をしてから部屋を出る。
「いい人ね」
「あぁ、エイダンにも話してほしい」
「あら、彼と彼は話してないの?」
「時間が無かったから」
そう、とラヴケイアが残念そうに呟く。
俺も残念だ。
でもここで残念がって進まないわけにはいかない。
俺はその、話ができるように彼を救わなければならないわけだし。
「……ふふ、やる気は充分みたいね。じゃあ調査を始めましょう!」




