第2話「失ったもの」
これ、に気づいたのが悪かったのだろうか。
しかし気づくなというのにも無理があって、寧ろ俺も周りも何故気づけなかったのか。
かわいい一番弟子が、そうではなかった。
これだけだと訳が分からない。
俺だって未だにわからない。
だって……なんであんな女を……俺の弟子だって思ってたんだ?
少しボサボサな、それでも綺麗な金髪の男の子だった。
宝石のような、生き生きとした赤い目が特徴的な子だった。
爽やかな笑顔がかわいかった。
動きにくい服装は嫌いだったね。
俺の自慢の一番弟子。
青色の髪ではなかった、赤色でもない。
黒色の目ではなかった、茶色でもない。
そんなに硬い笑顔ではなかった。
鎧なんてものは嫌いだったね。
お前は誰だ?
エイダン・シェイファーは死んだ。
勇者の称号を受け取って、魔王討伐の途中。
ある騎士見習いの女性を庇って、背中からお腹までを貫かれた。
いくら夢のような回復魔法があるって言っても、限度がある。
冷えていく手を握りしめていたのを覚えている。
思い出したが正しいか。
どうしてそれを忘れていたのかもわからない。
彼の遺体を抱えて、その女性と共に村まで帰ったのだ。
覚えてる。
確かに、覚えている。
なのに、あの時言った言葉は何だった?
「エイダン、この村人は……残念だったけれど……」
確かに彼女に向かって、そう語りかけた。
違う、その女はエイダンじゃない!
あの時埋めた彼がエイダンだ。
僕の愛弟子、かわいいエイダン・シェイファー!
なんてことをしてしまったのだ。
自分は彼を、見知らぬ土地に埋めてしまった。
最期にその名も呼ばないで!
そこからは、その名前も知らない女の人をずっとエイダンって呼んでいた。
エイダンだと思い込んでいた。
その女性が死んでも、また誰かをエイダンと呼んでいた。
年齢が違えど、性別が違えど、ソレはエイダンとして振る舞ったし。
俺もそれをエイダンとして扱った。
それに気づいたのが、昨日だ。
でも、誰にも言えないことだ。
起きたら皆、冷ややかな目を向けていた。
まるで示し合わせたか、そうと決まっているかのように。
そして告げられたのが、追放だった。
実際、この異常な違和に気づいたまま仲良くやるのには無理がある。
あちらもこちらと仲良くする気が無いなら、ここで離脱しておきたかった。
自分の荷物を回収している最中、ずっとエイダン……だと思っていた誰かが、こっちを監視していたのが痛かった。
どうしてかはわからないが、どうやら彼のフリをするのに、自分への愛着は最早必要ないらしい。
別れの言葉も、ただ虚しいだけだった。
「じゃあ……魔王討伐、頑張って」
その言葉に、誰も何も応じなかった。
温度が無い。
人間味が無い。
その事に、底冷えするような恐怖を感じた。
何がどうして、彼らをそこまでさせているのだろう。
王都への帰路は地獄だった。
別に、道中の魔物や動物はどうだってよかった。
1人ならいくらでも切り抜けられる。
無様に逃げてもいいし、斬り伏せたって構わない。
ただ、ひたすら、気が重くて仕方なかった。
慰める誰かも居なくて、まるで世界から弾き出された気すらした。
王都に着いた時、ようやく安心を覚えた。
なんやかんや、此処のことは気に入っている。
第二の生は此処で生まれて育ったのだ、ならば当然か。
ルクス・ソレリス騎士団本部に足を踏み入れた時。
ようやく、休めた気がした。
誰も、勇者とどうなったのか、何故帰ってきたのかは問わなかった。
ただ、聞きなれた言葉だけがかけられた。
「顔色が悪い。暫く休養しろ。……安心するといい、秩序神ソウルイユはいつでもお前を見守っている」
それが一番、何よりも安心した。
私室は誰かが掃除してくれていたようで、あまり埃っぽさは無かった。
ベッドに寝っ転がり、天井を見つめる。
自分は大切にされてるな、と此処に帰ってくると強く感じる。
赴任先だったピュセル村も悪くなかった。
旅で訪れた村や街にも、良い人はたくさん居た。
でも、故郷は別格だ。
日本が恋しくなる日は、ある。
妹はいたけど、息子がいきなり事故で死ぬとか、妹も両親も親戚も……多分悲しかっただろうと思う。
いや、きっと悲しんでいたはずだ。
愛されていたことを否定するほど、素直じゃないわけではない。
もし、神が居るなら。
今の自分は何を願うだろう。
この世界には魔法がある。
実際に見たことはないが、神の奇蹟とやらがまだあるって聞く。
彼か、彼女か、ともかく誰かが何か叶えてくれるとしたら?
なんでもいい。
日本に帰る?
悪くはない。
でも、なんか違う。
生き返って、また平凡な日常に戻るのは、確かに悪くない。
でも、引っかかる。
この引っかかりを抱えたまま、日常に戻るのが正しいと思えなかった。
一番の引っかかり、それはエイダンのことだ。
彼を見知らぬ土地に置いて行ってしまったことが、鼻の奥に残ったヘドロのように粘ついて仕方ない。
歩き続けても、どうしても、それのせいで何もかもが上の空だった。
エイダンという存在が、フリなのかそういう魔法なのか、ともかく継承されているのも意味がわからない。
うん、そうだな。
今、何かを叶えられるなら……エイダンをかえしてほしい。
あの時の失敗を無に帰して、二人で旅を続けられるならそれも良し。
それが無理なら、せめて彼の体をピュセル村に。
知らない土地で、誰かと勘違いされたままだなんて、あんまりだ。
そんなことをぼんやりと感じながら、目を閉じた。
「あなたの願い、叶えてあげる。もちろん、やるべきことをやれたら、ね?」
どこかから、声が聞こえた。
「大丈夫、きっとあなたならできるわ。だって、とっても簡単なことだもの」
微笑む女神が、見えた気がした。




