第1話「追放」
どうしてこんな事になってしまったのか、と自問自答するのは昔からの癖だった。
ずっと自分に自信が無かった。
それでも大して悪いことはしてこなかったはずだと思いたい。
自信が無いなりに、誰の迷惑にもならないように過ごしてきたつもりだった。
そんな自分の最期が事故なんて、本当にどうしてこんな事に。
気づけば赤ん坊の体になっていた。
すぐに思い当たった。
これ、アレだな?
いわゆる、転生モノだと。
根暗でオタクな俺は、ライトノベルを多く読んでいたと思う。
少なくともビジネスやら自己啓発にはあまり興味がなかったし、純文学だってそうだった。
まさか自分がそんな、物語の主人公のような境遇になるとは思わなかった。
だが、なったものはなったものだ。
ここから俺の、トロイ・オデュッセウスとしての、新たな人生が始まる!
そう、超主人公的ヒーローな人生が……!
もっとも、結局人生甘くない。
剣と魔法の中世ファンタジーモノって言っても、だから何?
この世界でも人は生きていて、俺も生きていて、すべてが思う通りにはならないのだ。
でも、それなりに満足して生きている。
自分はいつの間にか、前世よりも長くこの世界で生きていた。
それをなんだか寂しく思いつつも、仕方ないと割り切ったのはいつのことだったか。
「トロイ師匠! 早く行かないと置いて行っちゃいますよ!」
前を歩く金髪の、年下の青年が振り返る。
あぁそうだ、彼に師匠と呼ばれるようになってから、まぁいいかと思えるようになったのだっけか。
「今行くよ、エイダン。でもそんなに急がなくたって、王都は逃げないだろ」
「そうは言いますけど、早く行った方がいいでしょ? 世界は勇者を、ヒーローを待ってるんですよ!」
そう自信満々に語るのは、エイダン・シェイファー。
彼は突き抜けるような青空に背中を預け、太陽の真下で笑っていた。
世界は勇者を待っている。
それは何も過言ではなく真実だった。
この世界には魔物が居て、それを統べる魔王が居る。
それは人間も同じだが、人間と同じということは、悪い奴が魔王になったときも同じなのだ。
一番迷惑を被るのは、本人達ではなく周り。
今、人類は魔物によって大変な迷惑をかけられている。
そして、魔物達がそれを許すのなら、こちらが取る手段は一つしかないのだ。
「でも、ビックリしました」
「何が?」
「勇者に選ばれるのはトロイ師匠だと思ってたんです、僕」
「それはまた……なんで?」
「トロイ師匠は最強だからです!」
「そんなことないけどなぁ……」
勇者は神が選ぶ。
神官が神の言葉を受け取り、王に伝え、伝令に伝わって……。
そうしてピュセル村に、エイダンに、彼が勇者であると伝わった。
だから俺たちに介入する余地は無いし、どうしてエイダンが選ばれたかもわからない。
それはそれとして、俺は最強ではない、決して。
俺より強い人間なんて山ほど居るんだから。
王都に行けばエイダンもわかることだろう。
「ま、それならエイダンは王都に行ったら、俺に失望するだろうな」
「え!? な、なんでですか!」
「俺より強い奴がいっぱい居るから」
「えー嘘だぁ」
「ホントだって」
前を歩いていたエイダンに追いつく。
恐らく、会話にかまけて歩くスピードが落ちていたのだろう。
まぁ一応、本当に一応急ぎの旅ではあるがこのくらいは許容範囲内だ。
「ねぇ、トロイ師匠」
隣を歩くようになった俺の顔を覗き込むように、或いは様子を窺うように。
赤い瞳と目が合う。
どこまでも純粋な、どこへでも行けそうな、夢に溢れた目。
「勇者の冒険に、仲間って必要ですよね」
「そうだな。何か心配なのか? お前なら誰とでも仲良くできるし、問題ないと思うんだけど」
「そうじゃなくて! えーと、改めて面と向かって言うのは恥ずかしいんですけど!」
少しもごもごと口ごもった後、意を決したように口を開いた。
「俺の旅に、トロイ師匠もついてきてくださいよ」
どこか不安げで、断られるんじゃないかと思っているんだろう。
少し表情が曇っていて、なんともかわいらしい。
つい吹き出してしまう。
「あ! 笑いましたね!?」
「いやぁ、ごめんごめん。つい、ね」
「も~……。で、どうなんですか?」
「まぁ、騎士団がどう言うかってのは前提だけど。エイダンが望むならついてくに決まってるだろ?」
不安げだった目が、嬉しそうに輝く。
「やったぁ! トロイ師匠大好き!」
「はいはい、でも騎士団次第だからな?」
「騎士団なんて蹴ってでも僕のこと追いかけてくださいよ!」
「なんだそれ。お前は俺の何なんだよ」
二人でくすくす笑いながら歩く。
暫く笑った後、エイダンが口を開いた。
「もちろん、トロイ師匠の一番弟子です」
二人で太陽の下を歩く。
だからこの時、俺の心に不安は無かった。
何があろうと一番弟子を守ろうと決めていたし、もしそれで二回目の死を迎えたとして、多分悔いは無いと思う。
そもそもどっちかが死ぬなんて、そんなことは頭になかった。
なんだかんだ仲間を増やして、絆を深めて、魔王を討伐しておしまい!
ハッピーエンド!
そう思っていた。
……もし、何かがあったとしても。
そうネガティブなことを思っても、こんな事は頭になかった。
「トロイ・オデュッセウス」
勇者、が、俺を見つめる。
周りの仲間たちの視線も、俺に集まる。
彼らともそれなりの友情を築いていたはずだ。
それでも皆、冷たい目を俺に向けてきた。
冷や汗が背中を伝う。
「お前はもう、ついてこなくていい。いや、もう来るな。帰ってくれ」
どうしてこんな事になってしまったんだ。
俺が悪いのか?
目の前の彼は、決して、エイダン・シェイファーではなかった。




