酒場のルール
ソルベの屈強な体と強面の顔は、奴隷市での怖い記憶を呼び起こす。でも、ルミナの温かい存在がそばにある。メイは紫の魔石を握りしめ、ルミナの背中に隠れながらも、ほんの少しだけ勇気を奮い立たせる。
ルミナが小声で囁いた。「大丈夫ですよ。こういった仲間が集まるまでの時間に交流して、親睦を深めておくのです。かなりの手慣れなので、そこも間違いなく大丈夫です。行きましょう。」彼女の赤い瞳が優しくメイを励ます。
メイはおそるおそる一歩前に出て、ソルベの方を見上げた。「う、うん…! で、でも…う、う〜ん…!」彼女の尾がそわそわと揺れ、心臓がドキドキする。ソルベの鋭い目が一瞬、彼女をじっと見つめた。まるで何かを見抜いたような、でもすぐに目を逸らす曖昧な表情。メイにはその意味が分からないままだった。
ソルベはふっと笑い、酒場のマスターに声をかけ、妙に甘ったるい声を出した。「マスター、とりあえずジュース二つ用意してあげて頂戴♡ お嬢ちゃんお嬢ちゃん、そんなに怯えなくていい。初めての仕事だったら、色々注意する事もあるんだよ。そういうのも伝えたいから、ケントがくるまでここで待とう。」彼の口調はぶっきらぼうだが、どこか温かみがある。
メイは少し安心した表情を浮かべ、耳がピクッと動いた。「あ…ありがとうございます…優しいんですね…!」彼女の尾が小さく揺れ、ソルベの意外な優しさに心が軽くなる。
ソルベはメイとルミナが席に座るのを確認し、ゆったりと話し始めた。「最初に『仕事の注意点』じゃなくて『この酒場』の注意点を言っておくね? これ、暗黙のルールになってるんだけど、この酒場では他人の過去を聞く事は絶対にしちゃいけないのよ。」彼の声は穏やかだが、どこか強い意志を感じさせる。
メイは真剣な表情で頷いた。「は、はい…! 私も…聞かないようにします…!」彼女の金色の瞳がキラリと光り、ルールを受け入れる決意が伝わる。奴隷市での過去を思い出したのか、彼女の耳が一瞬だけピクリと下がる。
ソルベはジュースが運ばれてくるのを見ながら、気さくに続けた。「これ、なんでそういうルールになってるかと言うと、ここ奴隷市近いじゃん? だから、そういう今まで奴隷だった人も新しい仕事を探してよく来るのよ。そんな人達に過去の事聞くのって失礼だからなんだよ。」彼の口調は軽いが、言葉の端々に強い意志が滲む。
メイの瞳が潤み、「く、くぅん…」と小さく鳴いた。「そうだったんですね…私も…ここに来たばかりで…」彼女の声は震え、過去の記憶が胸を締め付ける。でも、ソルベの言葉に、初めて感じる温かさがあった。
ソルベは優しい微笑みを浮かべ、大きな手を軽く振った。「多分、今まで俺が一緒に仕事して来た人の中にもそういう人がいるんじゃないかな〜と思う。ただ、俺はそういう人とも仲良くやってたし、こういう見た目だけど、安心してくれて大丈夫だから。」彼の強面が一瞬、柔らかい笑顔に変わる。
メイは涙を拭い、尾をパタパタと振った。「わ、わん…! 優しい人…なんですね…! 初めて会えました…!」彼女の声に、純粋な喜びが弾ける。ルミナがそっと微笑み、メイの小さな成長を見守る。
その時、酒場の扉が開き、二人の男が入ってきた。一人がソルベに頭を下げた。「ソルベさん、待たせてすいません。ちょうど買い物に行ってたタイミングで……」
ソルベは手を振って笑った。「あ〜、いいよいいよ。あっ、コイツがケントね?」彼はメイとルミナに紹介する。
ルミナが丁寧に頭を下げた。「ケントさん、本日はよろしくお願いします。私はルミナです。」彼女の声は礼儀正しく、赤い瞳が穏やかに輝く。
メイは小さな声で挨拶した。「こ、こんにちは…! メイです…」彼女の耳がピクッと動き、緊張しながらもケントに微笑む。
ソルベが気さくに話を進めた。「それで普通の酒場だったら、今までどんな仕事をしたかとか、どういう暮らしをしてたとか言うんだけど……うちの酒場ではそういうのはなし! 最低限! とりあえず、メイとルミナは初仕事。ケントは……二ヶ月ぐらいだったっけ?」
ケントが頷き、落ち着いた声で答えた。「そうですね、それくらいです。」
メイはケントの返事を聞き、ほっとした様子で尾を揺らした。「二ヶ月…私より長いんですね…!」彼女の声に、仲間への信頼が少しずつ芽生える。
突然、別の男がテーブルに近づき、豪快に笑った。「ヘイヘイ、ソルベ! 四人分の植物図鑑を用意してやったぜ!? 当然、酒もう一杯だ!」彼は四人に植物図鑑を手渡す。
メイは図鑑を大切そうに抱きしめ、目を輝かせた。「あ、ありがとうございます…! これで…頑張れます…!」彼女の尾がパタパタと揺れ、初めての仕事へのワクワクが膨らむ。
ソルベが笑みを浮かべ、からかうように言った。「え〜、この酒場のもう一つの注意点として……彼はダグラスというのですが、ダグラスはこういう事をして、お酒をたかってきます。皆さんもダグラスには気をつけましょう。」
メイは「く、くぅん…!」と小さく鳴き、思わず吹き出しそうになるのを必死で堪えた。「お、お酒好きなんですね…!」彼女の耳がピクッと動き、酒場の明るい雰囲気に心が和む。
ソルベが笑顔で続ける。「まぁ、でもね? ダグラスもやる時はやるいい奴だから。」
酒場の奥からダグラスが叫んだ。「そうだぞ〜! 安心してくれ、俺がたかる相手はソルベだけだ!」その声に、酒場全体がドッと笑いに包まれる。
ルミナがメイを見て、ふっと笑った。「フフ、メイ様、いい雰囲気の場所ですね?」
メイは嬉しそうに尻尾を振った。「う、うん…! みんな優しくて…! こんな場所で仕事できるなんて…!」彼女の金色の瞳がキラキラと輝き、初めての仲間との出会いに心が弾む。
ソルベが図鑑を開き、皆に声をかけると、テーブルに和やかな空気が流れた。「まぁ、毎回たかられる俺からすりゃたまったもんじゃないけど……そう言って貰えるのは嬉しいね。はい、じゃあ図鑑の26ページを各自開いて下さい〜。」彼は自分の図鑑を開きながら、仲間たちに明るく呼びかける。メイはルミナと目を合わせ、胸に抱いた魔石の温もりを感じつつ図鑑を開いた。