いつでも、臨機応変に
リチャードの叫び声が、静かな水面を砕く石のように坑道に響き、亡霊たちが一斉に動き出した。虚ろな気配が暗闇を満たし、冷たい影がリチャードに向かっていく。
その瞬間、ルミナは背中の白い翼を広げ、夜空の星が瞬くように光の粉を散らしながら、リチャードへ一直線に飛び込んだ。
「作戦変更です。もう音を立てながら行動しましょう。メイ様とソルベ様は脱出を……!」
彼女の声は、微かな風のように、緊迫した空気を切り裂く。
メイは震えながらも決意の表情で前に進み出た。
「ダメ!ルミナを一人にはできない!私も...!」
彼女の金色の瞳は、夜空の星が雲を突き抜けるように輝き、紫の魔石を握る手が震える。亡霊たちの気配が、奴隷だった過去の傷を抉るが、ルミナへの信頼が心を支えた。
ソルベがメイの腕を強く掴んだ。
「メイ……!ルミナを信じろ……!俺達は脱出するぞ!あの子は特別なんだろ!?」
彼の声は、古い墓標に刻まれた文字のように力強く、しかし切実だった。
その言葉に、メイの心はルミナの存在を呼び起こす。彼女は自分の願いから生まれた特別な召喚獣――奴隷だった自分を導き、新たな道を示してくれた存在。ルミナの赤い瞳が、夜空の星のように心に灯る。そんな彼女が「脱出しろ」と導いている。
メイは涙を堪え、震える声で呟いた。
「うん...分かった...ルミナ、必ず戻ってきてね...!」
彼女の尾が小さく揺れ、恐怖と信頼が交錯する。
ルミナはリチャードの元に辿り着き、背中から抱え上げた。だが、その瞬間、亡霊の冷たい手がルミナの腕に触れ、茶黒い変色が広がった。彼女はリチャードを抱えたまま、冷静に腕を見つめた。
「この腕……呪いか何かでしょうか……恐らく闇属性と土属性ですね……坑道だから砂塵の呪いか何かですね……」
彼女の声は、静かな水面のように穏やかで、危機の中でも分析を続ける。彼女はリチャードを抱え、出口へと引き返す。
ルミナは静かに呟く。
「……砂塵は風で払いましょう」
変色した腕に自らの息を吹きかけると、夜風が雲を払うように、茶黒い呪いが消え去った。彼女は二人の元へと向かう。
ソルベが叫んだ。
「走れ……!走るんだ、メイ……!音が聞こえない距離まで引き離せば奴らは襲って来ない……!」
彼の声は、坑道の石壁に反響する叫びのように、緊迫感を煽る。
メイは必死に走りながらも、時折後ろを振り返った。
「はい!みんな...無事に...!」
彼女の声は震え、尾が不安げに揺れる。亡霊たちの気配が、まるで過去の傷を追いかける影のように迫る。
ルミナがリチャードを抱えてまま二人の元に追いついた。
「リチャード様の救出は成功しましたが、この亡霊達……思った以上に素早いです。危険な状況です。」
彼女の赤い瞳は、夜空の星のような冷静さを保ちつつ、危機を伝える。
亡霊たちは執拗に四人を追い、暗闇が一層重くのしかかる。メイは震えながら走り続けた。
「くぅーん...怖いよぉ...でも、みんなで逃げないと...!」
彼女の金色の瞳は恐怖に揺れ、しかし仲間への想いが足を止めさせない。
ソルベが叫んだ。
「ええいっ……!ルミナ!リチャードを捨てろ、自業自得だ!君のスピードなら逃げ切れる……!メイを抱えて逃げろ……!」
彼の声は、古い墓標に刻まれた警告のように苛立ちを帯びる。
ルミナが驚き、声を上げた。
「し、しかし……」
彼女の赤い瞳に迷いが揺れる。
ソルベが振り返り、亡霊に身構えた。
「リチャードは俺がなんとかする……!君はメイを抱えて逃げろ……!早くしろ……!」
彼の姿は、暗闇に立ち向かう石壁のように力強かった。
ルミナは苦しそうな表情でリチャードを地面に下ろし、メイの背中を抱えた。
メイはルミナの手から必死に抵抗した。
「やだ!ソルベさんを置いていけない!みんなで逃げないと...!」
彼女の声が夜の静寂を破る風のように、仲間への想いで響く。
ルミナが悔しそうに言った。
「メイ様の気持ちは御理解出来ます……しかし……くっ……!」
彼女の声は、水面の波紋のように、メイの心に突き刺さる。
メイの心に、ルミナの判断が重く響く。
それでも抗いたい。
この街で始まった新たな人生――その記憶が、まるで夜空の星のように次々と蘇る。
ルミナの助言で選んだ薬草摘みの仕事。初めての仕事でソルベが優しく教えてくれたこと。宿屋の主人の温かい笑顔。酒場のマスターの陽気な挨拶。ダグラスやケントと挑んだシャドウバードの退治。
そして、帰り道の会話で気づいたこと――自分はこの街のことをまだ何も知らない。
ダグラスは過去を教えてくれなかった。
「過去は土に埋めろ」とだけ言った。
メイは震える声で呟いた。
「過去は...土に埋めて...」
涙が頬を伝う。
「過去は...進土に埋める...?」
彼女の金色の瞳が揺れ、亡霊たちの無念と自分の過去が重なる。
お化けも土に埋めればいい。お墓を作って成仏させてあげればいい――その閃きが、心に小さな光を灯した。
だが、お墓はどうやって作る?メイはルミナに目を向けた。
「ねぇ、ルミナ...お墓...作れば...亡霊達は成仏できるのかな...?」
震えたその声は夜の風のように儚い。
ルミナが驚いた表情で答えた。
「お墓……いけるかもしれません……!?メイ様……そのイメージをしっかり持って下さい!私の力で具現化させます!んんっ……!」
赤い瞳が、夜空の星のように力強く輝く。
メイは背中からルミナの力が流れ込むのを感じた。イメージが形になっていく。
彼女の右手から、小さな四角いお墓が浮かび上がる――『石碑の封印』。
その小さな墓標で触れれば、亡霊を成仏させられる。メイは確信した。
「わん!これで...みんなを助けられる!」
メイは石碑を見つめ、決意に満ちた表情で叫んだ。彼女の尾が力強く揺れ、恐怖を乗り越える光が金色の瞳に宿る。
ルミナが向きを変え、メイを連れて亡霊たちへ向かった。
「メイ様……!いきますよ……!皆を救いましょう……!リチャード様も、ソルベ様も、そして……あの奴隷亡霊達も!」
彼女の翼が再び広がり、光の粉が暗闇に舞う。
メイは石碑を握り、叫んだ。
「はぁぁぁっ!安らかに...眠って...!」
彼女は亡霊に石碑を叩きつける。夜空の星が闇を貫くような、決意を放つ。
坑道の暗闇が、彼女の小さな光で揺らぎ始めた。




