闇炎の坑道
闇炎の坑道の入り口は、まるで冷たい墓標のように静かにそびえていた。メイ、ルミナ、ソルベの三人は、暗闇に足を踏み入れた。紫の魔石を握るメイの手は震え、獣の耳が微かな風を捉える。坑道の空気は重く、過去の嘆きが石壁に染みついているかのようだった。
ソルベが低い声で囁いた。
「ここからは慎重に行こう……いいか、絶対に音を立ててはいけない……音を立てたら、亡霊達に襲われるぞ……」
彼の声は、水面に投じられた石のように静かに響き、緊張が三人を包み込む。
ルミナがメイに穏やかに目を向けた。
「メイ様……リチャード様の匂いは感じられますか?」
彼女の赤い瞳は、夜空の星のように静かな光を放ち、メイの心をそっと支える。
メイは鼻を地面に近づけ、慎重に匂いを嗅ぎながら答えた。
「う、うん…確かに…この奥から…リチャードさんの匂いが…!」
彼女の金色の瞳は暗闇を貫き、尾が小さく揺れる。坑道の暗さが、奴隷市の檻の記憶を呼び起こす。冷たい石の感触、鎖の重さ、希望を奪う闇――彼女の胸に過去の傷が疼いた。
ソルベが頷き、声を潜めた。
「よし、メイ……先導してくれ……ゆっくりだ……ゆっくりでいい……慎重に音を立てずに進んで行こう……」
彼の声は、静かな波紋のように響く。それは二人へ慎重さと信頼を伝えた。
メイは耳をピンと立て、鼻を動かしながら進んだ。坑道の暗闇は深く、足音さえ呑み込む。進むにつれ、彼女の心は過去の奴隷生活へと引き戻される。
鎖に縛られた日々、檻の中で震えた夜、自由を奪われた無力感――それらが、まるで坑道の冷たい空気と混ざり合う。
彼女の金色の瞳が揺れ、亡霊たちの存在が心に重くのしかかる。
ここにいるのは、自分と同じ奴隷だった者たちの魂だ。かつての仲間たちの無念が、まるで石壁に刻まれた傷のように彼女を締め付ける。それでも、紫の魔石を握る手には、仲間を救いたいという決意が宿っていた。
時間が暗闇の中で緩やかに流れ、三人は慎重に進む。
メイは小声で囁いた。
「この先…右に曲がって…そうです、匂いが強くなってきてます…」
彼女の足音は控えめで、夜の森を歩く狼のように慎重だ。過去の傷が心を締め付けるが、ルミナとソルベの存在がその闇を薄れさせる。
ソルベが囁くように言った。
「メイ、流石だな……よし、ここからは、より慎重に行こう……音を立てずに……ゆっくりと、ゆっくりとだ……」
彼が言葉を切った瞬間、目を細めた。
「……いたぞ!?」
ソルベが指差す先、暗闇の中で無数の亡霊が漂っていた。目はなく、ただ虚ろな気配が坑道を満たす。リチャードは岩陰に身を潜め、ガタガタと震えながら音を立てまいと耐えている。その姿は、夜空の雲に隠された弱い光のようだった。
メイは鼻を動かし、小声で囁いた。
「リチャードさんの匂い…あそこです…でも、亡霊たちが多すぎて…どうやって…」
彼女の声は震え、尾が不安げに丸まる。亡霊たちの気配は、過去の傷を抉る影のように彼女を追い詰める。
ルミナが冷静に言った。
「……確認します。無闇に刺激さえしなければ、害はないのですよね?」
彼女の声は、静かな水面のように穏やかで、緊迫した空気を和らげる。
ソルベが答えた。
「……あぁ、音さえ立てなければ。」
彼の声は、古い墓標に刻まれた文字のように重い。
ルミナが静かに続けた。
「それなら、音を立てずに、硝子板の上を渡るような慎重さで、リチャード様の元へ行き、救出するのが最善手だと思われます。」
彼女の赤い瞳は、夜空の星のように、希望の道を示していく。
ソルベが小さくため息をついた。
「……それしかないな。俺が行こう。」
彼の声には、仲間を守る決意が宿っていた。
メイは震える声で囁いた。
「ソルベさん…気を付けて…私、ここで見張っていますから…」
彼女の金色の瞳は、恐怖と信頼が交錯する。亡霊たちの気配が心を締め付けるが、リチャードを助けたい想いが彼女を支える。
ルミナが静かに割って入った。
「お待ち下さい、ソルベ様。リチャード様の精神状態を考えるとまだ懸念点があります。」
彼女の声は、暗闇に差し込む微かな光のように冷静だ。
ソルベが目を向けた。
「……聞かせてくれ。」
ルミナが続けた。
「音を立てずに移動すればいいのであれば、リチャード様はもうあの亡霊から逃げて脱出しているはずです。精神状態は非常に危険な状態ではないでしょうか?」
彼女の言葉は、静かに広がりながら核心を突く。
ソルベが頷いた。
「……なるほど。俺の姿を見たら声を出す可能性があるな。声を出したら亡霊達に襲われてしまうな。」
彼の声は、低く響く。
メイは耳をピンと立て、息を潜めて言った。
「リチャードさんを…助けたいけど…怖くて声を出しちゃうかも…」
彼女の声は、夜の静寂を破る微かな風のよう。亡霊たちの存在が、過去の無力感と重なり、心が震える。
ルミナが穏やかに提案した。
「少し、荒い作戦になりますが、私がリチャード様に催眠魔法をかけて眠らせるというのはいかがでしょう。この距離なら可能です。」
彼女の赤い瞳が、静かな自信を放つ。
ソルベが小さく笑みを浮かべた。
「なるほど……それなら声を出す心配はないな……問題はイビキだが、リチャードが安らかに眠ってくれる事を願うか……」
彼の声に軽さが戻った。
メイは心配そうな表情で小声で言った。
「リチャードさん…大丈夫かな…でも、他に方法がないですよね…」
彼女の尾が小さく揺れ、亡霊たちの気配に怯えながらも、仲間を信じる心が彼女を支える。
ーーしかしその瞬間、リチャードが岩陰からソルベたちを見つけ、叫んだ。
「……ソルベ!!」
彼の声は、静かな水面を砕く石のように、坑道に響き渡った。
ソルベが歯を食いしばり、声を抑えて叫んだ。
「あのバカ……今、お前を助ける作戦が決まった所だろうが!」
彼の声は、苛立ちと焦りが滲み始める。
メイはパニックで耳を倒し、声を上げた。
「リチャードさん!声を出しちゃダメ…!亡霊たちが…!」
夜空の星が雲に覆われるように恐怖に揺らぐ金色の瞳。
亡霊たちの気配が動き出し、坑道の暗闇が一層重くのしかかる。