暗黙のルール
シャドウバードを追い払い、ブドウ園に静寂が戻った。
農園主の感謝の言葉とともに、メイたちは報酬の金貨を受け取った。陽光がブドウの葉に揺れ、彼らの小さな勝利を祝福するようにきらめく。メイの手に握られた紫の魔石は、仲間との絆と初めての成功の温もりを宿しているようだった。街への帰り道、風が柔らかく頬を撫で、彼女の獣の耳がそよぐたびに、過去の重い鎖が少しずつほどける音が聞こえる気がした。
ダグラスが軽快な足取りで歩きながら、陽気に笑った。
「へへ、メイ、ナイスファイトだったぜ。ケントよりしっかりしてるんじゃねぇか?」
彼の声は、陽光に弾ける果実のように弾け、道端の草花まで笑顔にさせるようだった。
メイは頬を赤らめ、ふさふさの尾をパタパタと振った。
「え、えへへ…! でも、ルミナが教えてくれたから…」
彼女の金色の瞳は、照れと感謝で揺らめく。ルミナの光と仲間たちの声が、彼女の心に新たな色を塗り重ねていた。
ルミナが穏やかに微笑み、静かに言った。
「いえ、私は追い払うと伝えただけです。声を出すという最適解を見つけたのはメイ様御自身ですよ。」
彼女の赤い瞳は、夕暮れの湖面のように穏やかで、メイの小さな勇気を優しく映し出す。
メイの顔が真っ赤になり、尾が恥ずかしそうに揺れた。
「そ、そんな…! 私なんて…でも、みんなの役に立てて嬉しい…わん!」
彼女の声は、純粋な喜びと仲間への信頼が織り交ぜられた旋律のように響く。奴隷市での孤独な日々を思い出すたび、胸に灯るこの温かさが、新しい故郷のようだった。
ダグラスがケントに目をやり、ニヤリと笑った。
「ケントもボサボサしてると、メイに抜かれちまうぞ! そんなチンケなダガー使ってるからそうなるんだよ!」
彼の陽気な声が、帰り道に軽やかな笑いを撒き散らす。
ケントが苦笑いしながら応えた。
「だから、このダガーから変えれるように金稼いでるんじゃないですか…」
彼の声は穏やかだが、どこか負けん気が滲み、仲間との軽いやりとりに温もりが宿る。
メイは陽気に話す二人を眺め、ふと心に芽生えた疑問を抑えきれなかった。
この街の空気は、なぜこんなにも優しさに満ちているのだろう?奴隷市では感じられなかった、まるで陽だまりのような温かさ。
彼女はおずおずと、ダグラスに視線を向けた。
「あの…ダグラスさん…この街の人達は、どうして…こんなに優しいんですか…?」
彼女の声は小さく、獣の耳がためらいがちに揺れる。
ダグラスの陽気な顔が一瞬、真剣な影を帯びた。
「メイ…それは言えねぇ。」
彼の声は、古い扉をそっと閉じるように静かだった。
メイは耳を下げ、そっと後ずさった。
「あ…ごめんなさい…」
彼女の尾が小さく縮こまり、過去の傷を踏み抜いたような不安が胸をよぎる。
ダグラスはすぐにいつもの笑顔に戻り、慌てて手を振った。
「あっ、いや、別に怒ってるわけじゃねぇんだよ。それに教えないのも意地悪で言ってるわけじゃねぇんだよ? ただ、そのなんっつ~か…ルールなの! これはルールなの!? 俺がルールを破ったら、ソルベに酒たかれなくなるだろ…!?」
彼の声は再び陽気さを取り戻す。それは風に舞う葉のように軽やかだ。
メイは小さく頷き、尾をそっと揺らした。
「く、くぅん…ルール、なんですね…」
彼女の金色の瞳には、わずかな戸惑いと、街の秘密への好奇心が宿る。
ダグラスが少し困った表情を浮かべ、すぐに笑顔を見せた。
「そんな、わざわざ詮索するような事でもないと思うぜ? それに、今が楽しければそれでいいだろ…? 今日、皆で鳥追っ払うのだって楽しかっただろ!?」
彼の言葉は、まるで陽光が雲を突き抜けるように、メイの心を明るく照らす。
メイは尾をパタパタと振り、笑顔が弾けた。
「はい…! 楽しかったです…! みんなと一緒にいられて、幸せ…わんっ!」
彼女の声は、春の小川のせせらぎのように清らかで、仲間との時間が心の傷を癒す薬のようだった。
ダグラスが大きく笑い、肩を叩いた。
「なっ!? だから、過去は土に埋めて、明るく楽しく前向きに生きていけばいいだろ!? なっ!?」
メイは元気よく頷き、尾を高く掲げた。
「うんっ! これからも…みんなと一緒なら…きっと大丈夫! わんっ!」
彼女の金色の瞳は、まるで夜空に瞬く星のように輝き、未来への小さな希望が胸に芽生えた。仲間たちの笑顔とこの街の温かさが、ただそれだけがあればいい。