エピソード3:ブドウ園の守護者
数日の時が流れ、メイとルミナは街の喧騒に身を委ね、徐々にそのリズムに溶け込んでいた。互いの過去を詮索しない――酒場の暗黙の掟は、まるで傷ついた魂を守る薄絹のようだった。メイにとって、この街は奴隷市の日々を遠ざける光であり、仲間との時間は心の裂け目をそっと縫い合わせる糸だった。
この日、彼女たちはダグラスとケントを伴い、陽光に浴したブドウ園へと足を踏み入れた。依頼は、シャドウバードと呼ばれる魔鳥から熟れたブドウを守ること。陽光がブドウの房にきらめく様は、まるで大地の宝石のようで、メイの金色の瞳に希望の輝きを映し出した。紫の魔石を胸に握りしめ、彼女の獣の耳は風の囁きに鋭く反応した。
突如、メイの鼻が微かに震え、耳がピンと天を突いた。
「あ…! シャドウバードの気配…! みんな、あっちの木の方から…!」
彼女の声は、緊張の糸で張り詰めながらも、仲間への信頼を織り交ぜた旋律のように響く。ふさふさの尾が凛と伸び、彼女の内に秘めた決意が静かな鼓動となって伝わる。
ダグラスが剣を握り、陽気な笑みを浮かべた。
「メイ、鼻がいいな! よし、ケント、構えろ! アイツらの目的は俺たちじゃねえ、ブドウだ。落ち着いて対応しろよ!」
彼の声は、まるで陽光を浴した風のように軽やかで、ブドウ園の緊迫した空気を和らげる。
ケントがダガーを構え、穏やかな眼差しで応えた。
「はいっ…!」
彼の瞳には、静かな決意が宿り、シャドウバードの影を追いかける。
メイは尾を力強く振り、心の奥に潜む恐怖を振り払うように叫んだ。
「わんっ…! 私も…戦います!」
彼女は爪を立て、地面を踏みしめる。奴隷市での暗い記憶が脳裏を掠めるが、仲間たちの存在がその闇を薄れさせ、彼女の心に小さな火を灯す。
だが、シャドウバードの迅捷な動きにケントが声を上げた。
「やばっ…! ダグラスさん、三匹抜けられました…!」
彼の声には焦りの色が滲み、ダガーが空を切る。
ダグラスが舌打ちし、剣を振り上げた。
「バカっ…! だから、ダガーはやめとけって言ったんだよ! 金稼いで、もっとデカい武器買え! メイ、ルミナ! 抜けた三匹、追っ払ってくれ!」
彼の声は、雷鳴のように響き、メイとルミナに使命を託す。
メイの足が震え、耳がわずかに下がった。
「く、くぅん…! ど、どうしよう…!」
パニックが彼女の心を締め付け、尾が不安げに丸まる。シャドウバードの影は、まるで過去の亡魂のように彼女を追い詰める。
ルミナが静かに進み出て、右手を掲げた。
「ハッ!」
彼女の手から眩い光が迸り、ブドウ園を一瞬で聖なる輝きに染める。シャドウバードたちはその光に怯え、キーキーと鳴きながら散っていく。ルミナはメイに穏やかに微笑んだ。
「メイ様、冷静に。追い払うだけでいいのです。大きく手を振って追い払うだけでも十分です。私がサポート致しますので、頑張りましょう。」
彼女の赤い瞳は、まるで夜空の星のようにメイを導く。
メイは深呼吸し、ルミナの言葉に心の錨を見つけた。
「は、はい…! よし…!」
彼女は声を振り絞り、叫んだ。
「わーん! こっちに来ないでー!」
尾を高く掲げ、両手を振り上げる姿は、まるで風に舞う小さな狼のようだ。彼女の声は、恐怖を越えた純粋な意志となって響き渡る。
ダグラスが目を丸くし、豪快に笑った。
「なるほど…声で追い払うってのは盲点だったな! おい、ケント! お前も声出せ! そんな小さい短剣振り回してるより、よっぽど効果的だろ!?」
彼の陽気な声は、ブドウ園に新たな活気を吹き込む。
ケントが苦笑いしながら叫んだ。
「は、はい…! 帰れ~! ブドウを食べるな~!」
彼の声はぎこちなくとも真剣で、シャドウバードがさらに遠ざかる。
メイは元気よく吠え続け、尾をパタパタと振った。
「わんっ! わんっ! みんなで…追い払えそう…!」
彼女の金色の瞳には、仲間と共に戦う喜びが輝き、まるで心の奥に閉ざされていた扉が開くようだった。ルミナの光、ダグラスの陽気さ、ケントの努力が織りなす絆が、ブドウ園を温かな希望で満たした。