9 初スライム…はデカかった
しばらく進んでいると、魔物の気配がした。
黄色いスライムだった。僕の半分ほどの大きさだが、シラフィルと並べば十分巨大に見える。そいつは僕らの存在に気づいたのか、ブルンブルンと揺れながらこちらへ迫ってくる。
戦闘に備えて、僕は持っていた荷物を脇へ寄せた。
「シラフィル、あれはスライム?」
「あの色と巨体、”グランドスライム”。スライムの中でもかなりの上位種。物理攻撃が効かないけど魔法なら効くから、私が戦う。」
「やっぱりそうなんだ。しかも上位種……。なら僕はローファイアで援護するよ。」
「うん。お願い。」
とは言ったものの、ローファイアは至近距離でしか発動できていないから、僕は近づく必要がある。
「”ロックアイスバレット”」
シラフィルは氷の礫を空中に生成して、それをスライムへ飛ばした。その放たれた攻撃は、全弾ヒット。スライムは少し怯んだ。
だがそれもわずかな時間で、すぐに体制を立て直したグラスラはまた突っ込んできた。
そして今度は自らの身体の一部を飛ばしてきた。
僕らはすかさず避ける。おっとっと、危ない危ない。
それが地面に着弾したと同時に、「ジュワァ~」という焼けるような音と湯気のようなものが出た。
あ、これ酸とかそういう成分っすよね。当たったらかなり痛そう……。
物理攻撃は効かないどころか相手に触れることすら難しい。
それに下手したら荷物にぶちまけられかねない。新しい魔法が覚えられなくなる……あ、新しい魔法!
「ごめんシラフィル!新しい魔法覚えてみるから時間を稼いでほしい!」
「こんなときに?……いや、ヴァルシリィならできるかも。わかった。任せて。」
僕は荷物のところに戻った。そして鞄をすべてひっくり返す。
魔法書は僕の一番細い部位、そう、舌顎の牙を使って適当なページを開く!破ってしまわないように慎重に……これがムズい!
えぇと…”ミドルヒール”、違う。あとで必要かもね。次のページは開けず何ページか飛ばした。
”グロウサリア”、成長魔法。これも違う!次!
”ミッドサンダー”、雷魔法。そうそうこういうのだよ!
ちょうどいい魔法が見つかったので、概要を読んだ。
ミッドサンダー
属性:雷
階級:中級
呪文:我を仇なす者にその一撃を、ミッドサンダー
効果:自分の目の前一直線に向かって雷撃が放たれる。
よしさっそく使うべし。
さぁよく狙っ……あ、なんてこった。
視線を向けた先に写ったのは、氷漬けになったグランドスライムと、胸を張るように堂々と立つシラフィルの姿だった。
僕が魔法を探して右往左往している間に……いつの間にか決着はついていた。
「倒した。」
「……見たらわかるよ。は、早かったね……。」
「そんなに落ち込んでるの?」
「なんでそんなに落ち込んでいるの?」
胸の奥が細くしぼむような気がした。男子が女子に任せきりで、自分は本をめくってただけなんて。
「ごめん……。」
「なんで謝るの?」
「だって、シラフィル一人に戦わせて……。」
シラフィルは、何のことだろうと返すように首をかしげた。
「私は平気だったよ。あの程度なら前にも戦ったことあるし。むしろ、どうしてそんなに気にするの?」
「もし……もし僕のせいで、シラフィルがやられてしまったら……。」
「それは、万が一シラフィルが僕のせいでやられてしまっていたら……。」
僕の不安は、彼女の優しい声色が和らげてくれた。
「心配してくれていたのね。……それは嬉しい。でも、私ももっと信用してほしい。物理や毒で敵わなくても、魔法なら今の私の方が得意。この洞窟で生きてきたんだから、それくらいの力はある。」
僕は納得して笑うように「……そう言われれば確かに。」と返した。
「わかった。これからは……もっと信じる。」
そう言葉にしたものの、マシロのこともあったから、また僕のせいで誰かを死なせてしまうことは絶対にしたくない。僕もまだまだだな……。
「だからこそ新しい魔法は覚えたいから、試しにさっき見つけた魔法を使ってみるよ。」
「……?なんの話かは知らないけど、それならあそこのスライムの残骸で試すといいと思う。」
「ならさっそく、"我を仇なす者にその一撃を、ミッドサンダー"!」
「・・・・・・」
何もおこらず。
「あれ?不発?」
「”我を仇なす者にその一撃を、ミッドサンダー”!!!」
「・・・・・・」
また不発。
「それって階級は?」
シラフィルがそう呟いた。
「中級って書いているよ。」
「中級……低級とは違って、魔法に対するイメージをしっかりさせないとなかなか発動しない。私がさっきの戦いで使っていた”ロックアイスバレット”も中級だけど、主に実際のものを見せてもらってようやくイメージが掴めたものだから、まずは見本が……」
大事なのはイメージか。とりあえずアニメで見た雷魔法を思い出して、自分の目の前に雷撃が走る……
「”我を仇なす者にその一撃を、ミッドサンダー”!」
すると、僕の目の前に「バリバリッ」という音と共に閃光が爆ぜた!
「おぉ~!できたぞ!シラフィルのアドバイスすごい役に立つね!」
「……無詠唱かつ速攻で覚えた。何をイメージしたのかもわからないけど……アナタの才能には敵わない……。」
「でも、ローファイアよりはちゃんと魔力を消費した感覚があるんだよね。」
「その程度だったらまだまだ魔力は残っているはず。私が初めてロックアイスバレットを使ったときはそれだけで魔力が尽きた。それなのにその程度の感覚は異常……。」
「その……僕なんてまだまだだよ……。」
ここで謝ると良くないと思った僕はそう言ってあげた。
「今の魔法、あと何回発動できそう?」
「うーん、体感あと9回くらい?」
「私だったら120回はできると思う。」
いや、普通にすごいっす。
「え、それってミッドサンダーは使ったこと無いのにどうしてわかるの?」そういう疑問が浮かぶ。
「魔力の残滓で大体わかる。アナタも見えてるはず。」
「残滓……?なんじゃそりゃ。それってどこに?」
シラフィルは「あそこにある。」と言ってオーバーキルされたスライムの残骸の方に頭の向きを変えた。
僕は凝視してみたが、それらしきものは一切見えない。あるのは黄色い水たまりになったスライムだけだ。
「それ、シラフィルの特殊能力とかじゃない?」
「見えないの?……私は魔物特有の感覚かと思ってた。けど……なんだか嬉しい。特殊能力……!」
よかった。僕の才能のことでシラフィルが自信をなくしたらどうしようかと心配していた。
「そうだよ。才能は僕のほうが上かもしれないけど、シラフィルにはシラフィルの特別なものがある。もっと自分を誇っていいんだ。」
「……うん。ありがとう、ヴァルシリィ。」
僕も僕で、もっと謙虚にならなきゃな……。