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友達のつけまつげを奪い去った

作者: 宮野ひの

 友達のつけまつげを奪い去った。私は必死に走っている。腕を振って、足を上げて、追いつかれないように力の限り駆けている。


 手に持っているつけまつげは、私からしたら毛虫のように見える。片方だけを取ってしまったから、梨花(りか)の目は、アンバランスな印象を受けるはずだ。


 罪悪感があるのに、気持ちはスッキリしていて、妙な気持ち。


 友達の梨花はギャルだ。茶髪で髪を巻いていて、薄くメイクもしている。明るい性格だけど、毒舌だから、誰とでも気が合うわけではない。気になったことがあれば、本人が近くにいても平気で陰口を言う。


 例えば、「あのメイク、ヤバくない? 似合ってなくない?」「うわっ。セーターに毛玉付いてない?」というようにだ。人によっては、わかりやすい注意喚起をしてくれてありがとうと言えるかもしれない。だけど、「余計なお世話!」と思う人の方が大半だろう。梨花は思ったことをなんでも口にする性格だから、私にも当たりが強い。


「前から思ってたけど、美紅(みく)って、まつ毛短くない? 親とかもそうなの?」


 梨花から、そう言われた時、カチンときた。自分でも驚くくらい、殺意に近いものが芽生えた。


 日頃から、「太った?」「猫背すぎない?」というように、小言をぐちぐち言われていたから、怒りポイントが溜まって、妙なタイミングで爆発してしまった。


 気づいたら、私は梨花のつけまつげを抜き取っていた。彼女のチャームポイントの一つでもあるものを、私が強引に奪ってしまった。


「なっ……何すんのよ!!!!」


 思ったよりも、大きな声で怒鳴られた私はビクついた。だけど、ここで折れて、謝るわけにはいかない。私は自分の行動を正当化したくて、しかめっつらで、その場を去った。


 廊下を走ってはいけないと言われているけど無視。


 梨花の、つけまつげを取った瞬間の顔が見ものだった。何が起こったかわからない表情で、理解するまで、ラグがあって、まるで十分に間を取った映画を見ているみたいだった。


 1階のトイレに行って、個室に入ったところで息を整える。梨花が追ってくる気配はなかった。


 しかし、ポケットに入れたスマホが振動していることから、関心は今も私にあることがわかる。


 右手にある、つけまつげをまじまじと見ていると、アイシャドウやノリが付いていることに気付く。


 あれ? なんか、汚い?


 これって、許容範囲の汚さ? なんだか、何日も同じつけまつげを使っているように見える。毛先の何本かに少量のノリが絡まって付いていた。


 他人のつけまつげをまじまじと見る機会はそうない。だからこそ、私はためつすがめつ一生懸命に見続けた。


 ……へぇ。梨花って結構、手入れが荒いってことかな?


 人の粗を探すのは得意なのに、自分のことになると甘いんだ。


 梨花は今頃、残った片方のつけまつげを律儀に取っているはずだ。人のことがあんなに気になる彼女のことだから、人から嫌な目で見られることを避けるために、きっとそうしているだろう。


 この、つけまつげ、どうしようかな。


 こんな私だけど最後には梨花に返すつもりでいた。だけど、まだ、私の気は済まなかった。


 私はトイレの個室の壁に、梨花のつけまつげを貼った。元々ノリが付いているから、ぴったりとくっつく。ふふっ。


 先ほどまで梨花のまぶたに付いていたつけまつげが移動して、トイレの壁にいる。


 つけまつげ本人としても「何でここにいるの!?」と、きっと驚いていることだろう。


 あー、気が済んだ。


 私のまつ毛が短いことを言うために、親を出すのは、さすがに度が過ぎている。


 そもそも、梨花もつけまつげを付けている。なんらかのコンプレックスがあってこそ、わざわざ私に言ったのではないか。よしっ。梨花に直接抗議しよう。


 私はつけまつげを白い壁から取った。粘着力は減っているはずだ。


 右手に握ると、私の汗がついた。梨花は、このつけまつげを、いらないと言うかもしれない。


 だけど、しっかりと貰ってもらおう。これが私の復讐だと言わんばかりに、トイレの個室から出て、堂々とした態度で教室に戻った。

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